炎上の街 Ⅷ
Ⅷ
待合室に戻ると、まだ真弓の姿はなかった。
拓也は受付前のソファーで待った。
数分遅れて、真弓が現れた。
「ごめんね、待った?」
拓也が約束どおり待っていたことが嬉しいのか、真弓の笑顔が先ほどより明るい。
「少しね。こっちは、すぐに終わっちゃったから。偉そうな人が大勢並んでただけで、新しい話は、ほとんど何も出なかったし」
「へえ、女子とは全然違うんだ」
真弓は浮かない顔になり、
「こっちは、まるでカウンセリングかセラピーみたいだった」
「セラピー?」
「女の職員さんが三人いて、一人は本物の学校心理士だって。やっぱりあの動画の話も出たけど、結局『あなたが悩んでもしかたないから、いつまでも気にしてちゃいけない』――みたいな感じ」
つまり拓也と同じような扱いを受けたのだろう。市教から見れば、真弓もいじめとは無縁の模範的生徒である。
「本当に調べる気があるのか、心配になっちゃった」
「うん、僕もそんな気がした。でも、一応やることはやってるみたいだよ。池川たちは、先に呼ばれたってさ」
「そんな事まで教えてくれたの?」
「いや、適当にカマをかけたら、成り行きで聞き出せた」
「……さすが、哀川君だね」
「当事者を先に呼んだって言ってたから、佐伯さんとお母さんも呼ばれたはずだ。つまり二人とも、最近ここに顔を出してる。なら、泣き寝入りするつもりはないってことだろ? やっぱり騒ぎを避けて、どこかで再調査の結果を待ってるんだよ」
多少は希望的観測も入っているが、十中八九、そう思える。
「そうだね、きっと」
真弓にも笑顔が戻っていた。
拓也は、女子の聴聞内容を具体的に知りたいと思い、
「ここじゃ落ち着かないから、上の喫茶店に行こうか」
「うん」
席を立つ二人の横を、私服の少女が通りかかった。
そのまま受付に向かって通りすぎようとしたが、ほんの二三歩で立ち止まり、こちらを振り返って、
「えーと、ほんとはお邪魔したくないんだけど、ちょっといいかな、副会長」
中学の生徒会で広報委員を務めていた同級生、伊藤京子だった。
「サツの取り調べ、どんな感じだった? なんか恐かった? 『さっさと白状しろ! ドン!』とか机叩かれた?」
服装は青山ほどヤンチャではないが、青山同様、全方位外交タイプの陽気な女子である。
真弓はくすくす笑いながら、
「大丈夫。女子担当は、スクールカウンセラーのお姉さんみたいな人ばかりだから」
「なんだ、よかった。サンキュー、副会長」
それから京子は、拓也にぺこりとお辞儀して、
「どうもお邪魔
「あ、いや……」
こうしたノリに不得手な拓也が反応に窮していると、いつの間にか青山も横に立っており、
「よ、あいかわらずラブラブですね、優等生夫婦は」
真弓は青山を叩くような手ぶりをしたが、笑顔はさらに明るくなっていた。
青山は、気取った手つきで京子の手を取ると、
「じゃあ、こっちのバカップルも、ラブホにチェックインしようか」
京子はその手を振り払い、
「触るな青虫!」
それでも仲良く二人並んで、受付方向に踵を返す。
青山は立ち去り際に、拓也に妙な目配せをした。
自分の腕時計を、これこれ、と見せびらかす。
それは兵藤の隠しカメラだった。やや大ぶりだが、スケボーキッズ風の青山が着けていると、スポーツタイプのアナログウォッチにしか見えない。
拓也は目顔で、うまくやれよ、と返した。
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