炎上の街 Ⅶ


     Ⅶ


 小会議室での聴聞ヒアリングは、十数分で終わった。

 あまりの拍子抜けに、拓也は退出を促されても、かえって席を立ちかねた。

 市教が今回の事態に本気で対処しようとしているとは、とても思えない。

 相手側の人数だけは、冬の聞き取り調査よりも、確かに多かったのである。あの時の若い職員二人は見当たらず、上役らしい年嵩の職員が数人、ずらりと待ち構えていた。中には学校指導課長、教育部長といった役職者も含まれていたが、偉ぶった態度で稀に口を挟む程度で、単に文部科学大臣の面子を立てて出席しているだけらしかった。

 聴聞の内容も、冬の調査の記録を、ざっとなぞっただけである。その後に思い出したことはないかと訊かれても、特にないと答えれば、それ以上は追求されなかった。

 あるいは相手が拓也だから、特に甘く接したのかもしれない。中学での成績や素行は、市教も承知しているはずだ。高校入試の点数順位や、その後の成績まで筒抜けかもしれない。文武両道の優等生を、これ以上この問題に関わらせたくない――市教がそう思ってくれたなら、むしろ望むところだ。

 しかし、その場のあまりの弛緩した空気に、拓也は著しい不合理を感じてしまった。何事も合理性と整合性を主軸に行動している拓也にとって、市教の錚々たる役職者たちが本来の職務をないがしろにしている姿は、社会的な忖度そんたく――いわゆるさえ踏み外した、無能者の集団に見えた。

 あえて拓也は、こんなことを口にした。

「さっき待合室で麻田真弓さんに会ったんですが、男女別で頭文字順なら、麻田さんの次は犬木茉莉さんですか? この後、外で待っていれば、僕も池川君に会えますか?」

 当てつけで言ったわけではない。警察にあの三人の捜索願が出ていることは、この場の全員が知っているはずだ。しかし、それを拓也に言えるはずはない。ただ、大人たちの反応が見たかった。

 案の定、課長と部長は無言だった。

 一番年下と思われる職員が、周囲の視線に促され、ごく事務的に答えた。

「いや、彼らは立場が違うからね。当事者は、先に呼んで話を訊き終えたよ」

 拓也には期待以上の情報だった。

 ならば、あの三人が消えたのは個別聴聞を終えた後である。あの動画の件を追及されたとしたら、今後ただでは済まないと、どんな馬鹿でも悟るだろう。青山が言ったように、自発的に逃げた可能性が高い。

「……そうですか」

 拓也は、それだけ言って話を切った。

 何月何日に彼らを呼んだのかも知りたかったが、そこまで詮索しては、自分の心象に差し障りかねない。

 それでも相手は不審げな顔になり、

「なぜ、そんなことを?」

「いえ――僕としても、あの三人には、少々言いたいことがあるものですから」

 すると教育部長が口を開いた。

「哀川君、君の気持ちはわかるが、彼らに近づくのは、もうやめておきなさい。君は武道をやっているそうだね。万一喧嘩にでもなったら、勝っても負けても後が大変だよ」

「……はい」

 骨の髄まで事なかれ主義の集団なのだ――。

 拓也はそう結論し、丁重に頭を下げて席を立った。

「それでは、失礼します」

 内心、教育部長の助言など気にとめていない。

 今後の進展によっては、確かに座視を決めこむ可能性もある。しかし、それは市教の仕事しだいだ。あの三人組が、もしこのまま無傷で解き放たれるなら、拓也は個人的に、なんらかの形で対処する必要がある。いわゆる義憤ではない。何事も部分的なマイナス要因は極力是正して、全体をできるかぎりプラス方向に流す――それが拓也にとっての合理性、社会的整合性である。

 無論、それによって、自分自身が社会的なマイナスをこうむるつもりは毛頭ない。

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