第7章
「僕は…」
決断を迫られてはじめて、僕はただの操り人形だったと理解した。
自分を自分が一番理解していると 誰かが雖も
求められなければ、自分が何を持っているのかもわかっていなかったんだ
渡された錘を観察して、どちらが重いかを考えていただけで、錘の重さなんて決められっこなかったのだと。
♦︎♢♦︎
「………」
他人の気持ちなんて、わからない。
4歳の天才の気持ちなんて、もっとわからない。
決断がどれだけのものか、選択がどれだけのものか
選択は分岐と云う神はどうでもいい。
見たこともない、未来の分岐を
わかりもしない、数多の未来の姿を
考えるだけ馬鹿らしいと私は思う。
世界の真実なんてどうだっていい。
自らの生きる世界だけが自分の全てだ。
自らの選択を、後に肯定できるなら、誰がなんと言おうと、最高だと笑おう。
最悪の選択だろうと、最高にしてみせる気概を、傲慢だろうと、捨て去る気はない。
♦︎♢♦︎
「ゆうくん、返事は急がないよ。勿論、それまでに全てが終わってしまうこともあるけど、秒単位で争うことじゃない。それにひいちゃんも休んでおかないと。」
楽に生きるなら、操られて生きるのが一番だと、心からそう思う。
思考力と、決断力と、考えること、それらはすごく似ているから、
言葉は、毒で、毒は、薬だ。
だから、なんと声をかけていいのかわからない。
初めて決断を迫られた彼に、思考力は敵わない彼に。
♦︎♢♦︎
「僕は…わかりません。僕が指示を出さなければならない相手に尋ねるのは間違っているとは思っています。けど…僕はわからない。僕は、家族のことを無視することは、無理です。でも、それで2人が、あなたがたが怪我をしたり負傷するのを僕は望みません。僕は、僕の言葉が最善だと思えない。責任だって…。だから…指示も、命令も、出せません。」
悠が絞り出した言葉、結局のところ、決断することはできなかった。
「…兵をただの駒か数としか見てない下手な策士よりは十分真っ当だと思いますけど。」
何を意味するか、ため息をほうっとついて、緋彩は言った。
医者だからこその意見か、命を粗雑に扱うものをあからさまに嫌った。
「でも、そう見なければならないときもあるだろうね。そうでないと精神が耐えられないよ。これは戦争とは全く違う話だけど。」
糸瀬がフォローをする。
そこらへんにおいては糸瀬の方がシビアだったようだ。
「話を戻すよ。ゆうくん、僕らは正式に報酬を十分にもらっている。それはわかるようね? そこには危険手当てのようなものだって含まれているんだ。君が僕たちに命令したことによって死んだとしても、まぁ、事故として処理されるだけだ。ゆうくんが殺したという罪悪感に苛まれるのは、倫理・道徳的には正しいが、契約などの別の観点から見ると間違っているといえるだろうね。」
「……」
「それに、ここに囚われている時点で、危険度は変わらない。だから、気に病むことは全くないんだ。あとは…君はそもそも間違っているんだ。」
「間違っている…?」
「いつもの思考プロセスと今回は違う。いつもは、アドバイザーとして渡された材料をもとに考察をしていたんだろうね。でも、今回は決断だ。依頼されていないのだから、材料は与えられないし、自分で調達しないといけない。それはゆうくん自身の感情も含まれる。」
感情を混ぜる、という言葉に悠はわずかばかり反応した。
「感情、というのは思考に混ぜないというのが君のポリシーかもしれないけど。方向性には感情が必要だ。そもそも何をしたいのか、それでもって考えて、必要なことを淡々と感情を含めずに為すのだから。」
段階が違う、そう悠に説明した。
(意思決定をする場面なんて4歳にそうある訳じゃない。そもそも、保護者の庇護下にあったんだ。孤児ならば体験することがないわけでもないだろうが、それではね。悠の祖父はかなり気にしていたようだけれど、そこまでは進まなかったのかしら。いや、尋ねても結局は祖父の意見のもとに自分なりの考えを言っていただけだったんだろうな。他の大人は、悠の特殊性を受け入れず圧をかけていただけのようだし。下手すると虐待もしているようだったわね。)
緋彩は彼らのやりとりを見ながら考えていた。
「なにに対してゆうくんがどれだけ関心を持っているか、大事にしているか。そこから考えるんだ。まぁ、今回の場合は天秤に乗せる必要もない。ゆうくん、君がどうしたいかそれだけだ。僕らはそれに協力する。」
(こういうのを見ると、直感派・感覚派って実はすごいのよね。弱点は人にその経験を反映できないことだけど。)
「場数が足りないのは理解している。だが、問題を混同してはいけないよ。」
糸瀬はそう諭した。
「僕は…、本当のことを知りたい。家族のことを、本当のことを。ちゃんと向き合いたい。」
しばらくして、彼は決意するようにそういった。
「そうか。なら、僕たちもそのつもりで動くよ。犯人を突き止めるとかは正直、僕たちの範疇じゃないんだけれども。」
「悠が好きに動けるように護衛くらいはするよ。ま、逆にそれくらいしかできないけど。」
方針が決まれば進む先が決まる。
前を向いて道を歩める。
優しさに触れて、悠の心が動いた。
(もし、この騒動を無事終えられたなら…。)
♦︎♢♦︎
「やっぱり、まずいんじゃ…」
(もう、催眠が切れてきたか?)
彼は能力を少し強める。
「なにをおっしゃるんですか。あなたが奴隷のように働かされる生活から、働いた成果を認められる生活へ変わるにはこうするしかないんです。これまで虐げてきた彼らの自業自得ではありませんか?」
「…そうだ、そうだ。悪いのはあいつらだ。」
「そうです!!悪いのは彼らです。あなたは正しいのです。私たちはあなたの味方です。あなたのような正しい人にはこうやってたくさんの味方がついてくるんです。これがあなたの人望でなくてなんなのでしょう!!」
身振り手振り、大きく利用して言った。
「諸悪の源たる瀬川俊蔵は死にました。もう、あなたを邪魔するものは義博を置いて誰もいないのですよ!!」
「そうだ。俺が、俺が瀬川の…」
智博は隣に置いてあったお茶を煽った。
男の口が三日月に裂ける。
目的の達成へ着実に進んでいた。
♦︎♢♦︎
「義博にいさまぁ〜。」
「なんだえみ子、俺はそんな気分ではないが。」
義博が休んでいる部屋へノックもなしに入ったのは義博の妹、えみ子だ。
すでに結婚しており、姓は豊川。豊川グループの次期社長の妻である。
「私だって…、だから甘えさせて?」
えみ子は幼い時分からベタベタと兄や父にくっつき金をせびっていた。
「悪いが今は俺にそんな余裕はないんだ。」
彼はあまりに憔悴していた。
妻は妊娠中だからとこのパーティーに参加していないことも原因の一つかもしれない。
彼もまた政略結婚だが、緩やかに愛を育んでいた。
彼の妻なら、なにも言わずただ寄り添い、少しは心がましになっただろう。
何よりも、今日この日から社長として振る舞うことを事前に聞いてはいたものの、突然に先立が逝ってしまった。
社長となることは彼の夢であったし、なによりこの会社に情がある。
それでも、背負うものの大きさに押しつぶされそうだ。
「おにいさまぁ〜」
彼女の媚びた声にも嫌気がさしていた。
そんな彼の感情も無視して、ベタベタとまとわりついた。
彼には彼女を引き剥がす余力すらもない。
ひとしきりベタベタとすると満足したのか、えみ子は帰って行った。
(おかしい。こうやってくっつくときは何かをねだってくるのに。なにがしたかったんだ…?)
そう疑問に思ったが、追求する気力は湧かず、彼はただ項垂れていた。
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