第5章
龍崎美琴は式を利用してカメラを回すのを止めた。
(…厄介な、面倒なことをしないといいが。)
龍崎の眼には幼女の姿がハッキリと映っていた。
その気配は濃さを増し、桜の香りはキツイほどに鼻につく。
「霞。」
隣の秘書である園咲の腕をとり、群衆を抜けて開けた場所に出た。
(子ども…?)
ポツンと立っていたのは、幼稚園に通っているような年齢の男の子だ。
(これがあの人たちと一緒にいたのか?)
少し視線を向けてから、その横を通り過ぎた。
「…龍崎さんに気づいた?」
目があったのか、園咲が驚いたように言ったが、そんな場合ではないと龍崎は焦っていた。
幼女の力がどんどん増していくのがひしひしと感じられる。
そして、瀬川俊蔵の遺体が塵となってその幼女と体が重なった。
(実体化したか…。)
十中八九、このホテルの象徴である桜花の付喪神的な精霊。
樹齢100年超であるあの大樹ならば、あり得ることだが、現世の体を得てしまう、それはー。
(面倒極まりない。)
龍崎に向かって大きな攻撃がとんでいき、数メートル手前で見えない壁に弾かれた。
龍崎美琴は"結界"と"式"を得意とする"霊能力者"だった。
普通は人に見えぬものを見て、それらに干渉する。
精霊、妖怪、そのほか。
その
そして
♦︎♢♦︎
悠は何もできない非力を感じながらも、周りをみわたす余裕が生まれていた。
そして、さまざまなことに落胆し絶望し、昏いなかでも感情に呑まれずにいられるのは、誰のおかげか。
祖父か、それとも初めて今日会った、変わった2人組か。
おそらくは、その両方。
だから、肉親が、家族が、人の道から外れようとしていても、どこか客観的にいられたのかもしれない。
親族を含めて、あそこに居る人たちは自分を守るためだけに、保身のために怒鳴り、悲鳴をあげ、泣き喚いた。
醜い、と思った。
誰もが必死なんだと理解できる。
でも、それが人を殺していい理由にはならないように思える。
それも、親しい人を。
それを止めない自分は同罪だろうか。
不審なものを叔父の食べ物に入れる父を止めない自分は…
不意に、悠は持ち上げられた。
周りの景色が物凄いスピードで流れていく。
別の部屋に運ばれたのだと気づいたのは、ソファに下されてからだった。
♦︎♢♦︎
「…ここは?」
悠はソファに下されてやっとのことで正気にかえった。
「空いていた部屋よ。ちょっと、想定外が多すぎて私たちも混乱しているの。一旦、整理しましょう。」
「それはそうとて、ゆうくん!!」
「…はい?」
「軽すぎるよ!!もっと食べないと、僕は不安です。」
糸瀬は心配になって、悠を撫で回す。
悠は経験がなさすぎてドギマギして落ちつかない。
「あ、あのっ!!」
「…和馬さん、今は現状把握に努めるときです。栄養失調の可能性についてはこの案件が片付いたら私が正式に診断しますから。」
「ごめんね、ひいちゃん。ひいちゃんの診断だったら安心だね。」
心からの信頼と柔らかい笑みに緋彩は赤面した。
「それはそうと、悠はあのピンクの髪の女の子…、視えた?」
何を言っているのか分からない、と瞬きを繰り返す悠に、視えてないのねと緋彩は溜息をついた。
「なら、普通の人には視えないやつなのね。まあ、その話は一度隅に置いておいて、単刀直入に言うわ。」
「あんたのおじいさん、瀬川俊蔵が死亡したのはおそらく半年前よ。」
悠はさらに困惑した。
「これでも私は医者やってんの。試薬で半年前に使われた毒が検出されたわ。それに、あの腐食のスピード、異常としか言えない。でも、半年くらいのところでピタッと急激な腐食が止まったわ。時間の流れが戻ったかのようにね。」
「じ、じゃぁ…」
あまりの恐ろしさと不気味さ、理解ができないことに震えた。
「…なんで生きて動いてたのかってことは正直わかんないよ。私の領分じゃない。専門家でも呼べば違うけど、今は無理。龍崎美琴なら分かってたんじゃない?まぁ、彼に協力を仰ぐ正式な理由がない上、コンタクトも取れたもんじゃないけど。」
「ひいちゃん、適当すぎない?ゆうくんにもっとちゃんと説明してあげてよ。」
「…確定事項は此処までなの。それ以降は私の想像、否、妄想でしかないわよ?」
「いいよ。僕にも視えなかったんだ。聞こえただけで。」
悠にも目線で問いかけ、頷いたことを確認してから緋彩は続けた。
「…私には少女が契約を遂げたと言ったように聞こえた。だから、彼はなんらかの契約をアレとして、その代償に遺体が消えた、と考えた。契約の内容は、生き返ることー。」
「…ッ!!」
「ーというか、延命だね。おそらくは。肉体の時を止めて魂を固定とか?魂は専門外だけど、そういうことじゃない?」
「っ!! あり得ない、そんなこと。馬鹿げてる!!」
冷静でいようと努力をしていても、どうしたって身内が死んだことに変わりはない。
それを巫山戯たことで誤魔化されようとしているのなら、許せない。
「…悪いけど、私は巫山戯ているわけではないわよ。荒唐無稽、というのなら当然なのだけど。」
糸瀬は静かに悠の肩に手を置いた。
「あなたは賢い。きっと、私なんかよりも論理的思考力は優れているわ。でも、前提条件が違えばいつまで経っても答えには辿り着けないわ。"あり得ない"なんてあり得ないことを、私は、私たちは嫌というほど知ってる。」
糸瀬は苦笑いして頷いた。
「…なら、あの刹那、殺された可能性は?」
「…確かにあるけど、可能性は低い、と見てるわ。和馬さん…」
緋彩はチラリと視線を向けた。
♦︎♢♦︎
(…何が起きた?)
清水涼は桜花ホテルの一室で寛ぎながら、パーティーを盗聴していた。
(龍崎が動き、警護社連中が動けなかった。…あの2人は、異能型、なら霊的な何かと見るのが正しいか…?)
ベッドから起き上がって、服を着替え始める。
ピタッとした黒スキニーにパーカーを着た涼は荷物を全てまとめて、動けるようにする。
「精霊とかなら、どうしようもないが。どうもできずとも、任務に支障はない。」
暗い色の髪をカチューシャでまとめて、黒い手袋とマスクを身につける。
「警護社の参戦は予想外だったが、彼らのおかげで状況も複雑化した。」
ブーツを履き、武器を身につける。
「…視えないものをどうこうできやしない。私はただー」
(…瀬川を豊川が乗っ取るのを阻止すればいいだけ。)
清水 涼 (16)
マフィアの首領直轄遊撃部隊にして、龍崎美琴の招待を工作した張本人である。
♦︎♢♦︎
桜の木の枝に腰掛け、脚をブラブラとゆらす。
彼女の髪は少しずつ、少しずつ、桜の花の色から桜の葉の色へ変わっていく。
遠くを見ながら、あの日のことを思い出す。
彼女が、俊蔵と契約した日のことを。
彼は言った。
遺す家族が心配でならないと。
だから、大勢の前で自分の後継者を誰にもわかるように表明するまで生きたいと。
その家族がどんなクズでも外道でも愛していると。
彼女は理解できなかった。
彼を殺した人間すら愛せるその心を。
《いいよ、代償はきみの体と魂。約束は果たすよ。》
だから、興味本位に契約を結んだ。
「思ったほど面白くないな。」
より強力な力を得るために彼女はあの場で一番力が強かった男に攻撃を仕掛けたが、なんてことないように結界で一蹴されてしまった。
「あれはもう無理かな。」
結局、不思議に思った彼の愛も理解はできない。
彼女の時間も差し迫っていた。
桜の花のように儚い。
♦︎♢♦︎
「社長…。」
「落ち着いて。此処にはたくさん客室もある。食料だってある。籠城くらいできるよ。」
園咲は龍崎に不安そうな目を向けた。
「恐らくは電波も届かないだろう。完全に俺たちはここに囚われたと考えていい。さっきの、霞に見えたかは知らないが、アレが外部と内部を遮断、此処は特殊な異世界と化したと見ていいと思う。」
式を飛ばして、全容を確認した龍崎は確信をもっていう。
「…心配しなくても、流石に1日以上続いたりはしないよ。あの精霊にもそんな力はないから。まぁ、この中でどんなことが起きてもおかしくはないけど、それは俺の仕事じゃないし。」
(精霊がなにもしてこなくても、勝手に殺し合いそうではあるが。)
「とはいえ、アイツらに力付けられるのも困るっちゃ困るんだが…」
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