第3話 お風呂

「ふふふ、久々やなぁ。一緒にお風呂入んの」

 浴室の扉を開けると、満面の笑みの先生が湯船に浸かっていた。もう頭は洗ってしまったらしく、長い髪は団子のように頭の上にまとめている。

「ほら、ちんちんとおしりあろとき。その間に頭洗てあげるし」

 ザバァっとお湯からあがった彼の一糸まとわぬ姿に、何だか恥ずかしくなって頬が熱くなる。ここが湯気に満ちた浴室でよかった。いや、浴室だからこんな状況になっているのか。悶々とする僕の頭へ、先生は容赦なくお湯をぶっかける。

「相変わらずの癖毛くせっけやなぁ」

 乱暴にこする彼の指に僕の髪が絡みつく。頭皮を引っ張るその痛みが少し懐かしく、どこか嬉しかった。

「一緒に入んのホンマ久々やなぁ。……めっちゃ嬉しいわぁ。

 最近、夜中に散歩に行くことも多かったやろ?心配してたんやで」

 口の中にじんわり苦い味が広がる。シャンプーの泡立ちが妙によくて、うっかり入ってしまったみたいだ。僕はぐっと口をつぐんだ。

「留守することも多くなったし……。何かあったん?」

 そこまで言って先生は、ダバーッと頭にお湯をぶっかけた。……口を閉じていてよかった。

「ほな、交代!

 今度はボクの背中を洗てなぁー」

 マイペースに笑顔を見せる先生に呆れつつも、少しホッとした気持ちで彼の背に向かう。

「自分でも洗えるんやけどさ、やっぱり他人ひと洗てもらうのがええよなぁ」

 いつも見ていた彼の背中。変わらず綺麗なそこが、以前よりよく見えるようになった気がするのは、きっと僕が大きくなったということなのだろう。背のびしながら洗っていた背中。今やしゃがんでいても、首元が見える。数本の毛が跳ねる黒い襟足と白いうなじのコントラスト。ため息まじりに見ていると、柔らかな香りが僕の鼻をくすぐった。


「……トリートメント、変えたんですか?」

「うん!いい匂いやろ?お手製やで!使つこてみる?

 ほら、キミも好きなあの花で作ってん」

「これですか?」

 パチンっと指を慣らし、思い当たった花を氷の魔法で形づくる。いつか何かのお祝いに彼がくれた花だった。

「そう!それそれ!いい匂いやんなぁ」

 嬉しそうに振り返った瞬間、頭の団子がバサァとほどけた。長い黒髪が広がり貼りつく。泡まみれな彼の背中と僕の手に。

「のおおおぉぉぉ……。せっかくトリートメントも済ませてたのに」

 嘆く先生に苦笑いを返しながら、僕はとても幸せだった。優しい香りに包まれていたから。

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