第2話 お食事

 先生は僕の魔法のお師匠さまで、一緒に暮らす育ての親だ。森に棄てられていた僕をこの年まで育ててくれた。両親のことを覚えていない僕にとって、間違いなく彼は「親」といえる存在だ。ただ……。

「なぁなぁ、もう食べてもええ?もうお腹ペコペコやねん。はやくぅー、そろそろお腹と背中が引っついてまってぇ。なぁなぁ、はよ食べよぉやぁ~」

 ひとり先に席について、フォークを握り締める先生。ハァー、ちょっとくらい準備をするのを手伝って欲しい。


 まぁ、先生は生活力といえるものが全く無いので、しょうがない。料理はおろか、洗濯もしないし、掃除もできない。今回、僕が数日留守にしていた間にも、洗濯物とゴミの山を作って、餓死しかけていた。ちゃんと作り置きもしておいたのに。

「食事があったら、ついすぐ食べちゃうねん。とっとくことができひんくてさぁ~」


 物心ついた頃には、すでに先生はダメダメでおかげで僕は家事を覚えた。ただ、僕が赤ちゃんのときはどうやっていたのか不思議でならない。聞いてもいつもはぐらかされるのだけど。


 とはいえ、彼は魔法の腕は抜群なのだ。数多の呪文を無詠唱を思わせる速度で使いこなし、描く魔方陣は芸術作品のような美しさ。魔物退治依頼も魔道具の注文も常に予約がいっぱいだ。そもそも、魔法使いが少ないこともあるけれど。

 未だ多くの魔物が蔓延るこの国において、人々が平和な日常を送れているのは、彼のおかげといっても過言ではない。と思う。


「えー、それは過言とちゃうかぁー?」

 口の周りをソースでベタベタにしながら、恥ずかしそうにはにかむ先生。僕は前言撤回したい気持ちを頬張っていたお肉とともに、炭酸水で流し込んだ。

「……口の周り、またいっぱい付いてますよ」

「……んっ」

 紙ナプキンを差し出すと、慣れた様子で目を閉じた。長い睫毛、高く通った鼻筋。薄く形のいい唇をキュッとこちらに突き出している。あまりに無防備な彼の姿に僕は少しムッとして、力を込めてゴシゴシ拭いてやった。

「―んっ、んんっ、んっ。痛い痛い痛い。もう……もっと優しくしてやぁ」

「ハァ、もう。僕がこの家を出て行ったら、どうするんですか?」

「んー?いつもはご飯の後すぐお風呂入るし、ベタベタになっても大丈夫やで」

 何が大丈夫なのかさっぱり分からない。「えぇ?汚れてもすぐあろたらええやん」とか何とか言ってるけど、そういうことではない。

 何だか妙に疲れて、自分のお皿へ手を伸ばすと、ミートローフは冷めてしまっていた。


「あ、せや」

 先に食べ終わった先生はお皿を流しに持って行きながら、声をあげた。食後の片付けをしてくれるようになったのはありがたいが、嫌な予感がする。

「久々に一緒入ろうや、お風呂。頭洗てあげるしさ」

 ぬるくなったはずのグラスの中で、パチパチ弾ける炭酸に、顔をしかめて僕は小さくため息をついた。窓の外はまだ仄明るい。

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