10:見えてきたコト

(合コンなんて言いたくないから)呑み会ってやつが、唐突に訪れた。

 いつもの俺との付き合いみたいに、急激に、裕江ゆえがあっという間に、セッティングを済ませてしまったのだ。面食らってる暇もなく、気付いたら呑み会の席にいたっていうのは、あながち大袈裟な表現ではない。八木やぎ冴城さえきさんは当然の如く、ゴキゲンだ。

「ちょっと冴城さんさー、手ぇ出さないでよねぇ!」

「何言ってんだ髪奈かみな、合コンだぞ!お互いのフィーリングが合ってるのに手を出さねぇのは失礼だろ。それにオレはなー、穴開いてりゃいいってぇガキとは違ぇんだから、そういう手の出し方はしねぇっつんだよ」

「そっすよねー。でも髪奈さんには感謝っすよー」

 聞いているのかいないのか、八木もだらしない笑顔で冴城さんに続く。

(大丈夫なのかな……)

 まぁ別に気にすることでもないけれど。誰が誰とどうなろうが、そんなものは本人同士の責任だし、本人同士の意思だ。紹介だから、とかで俺や髪奈が気を揉む必要なんてこれっぽっちもないし、それをやったところで大きなお世話にしかならない。紹介した手前、なんていうのは、紹介した側の勝手な優越感でしかないし、正直鬱陶しいだろう。

「俺にも感謝、でしょ」

「アー、シテル、シテル。アイシテル」

 冴城さんが全然感情のこもってない声で俺に言う。髪奈の直接の友達は一人しかいないようだったが、他の女とも面識はあるようだった。

「君さ、捕まっちゃったね」

 その髪奈の友人、香居沙奈かいさなさんが俺の隣に座り、そう言った。小学生の頃からの親友だそうだ。髪奈とは違い、大人っぽい雰囲気を持っているストレートの黒髪は就職活動の為か、染め直したような感じがする。

「そういうことっすね」

 さすがに興味本位の視線にはもう慣れた。香居さんの視線も興味本位ではあったけれど、こちらは髪奈の親友としての興味だ。俺とは全く関係のない外野の興味とは少し温度が違う。

「ま、キミみたいなのが裕江とくっついてりゃ安心なんだけど」

「判りますか。俺がどんな人間か」

 人を見る目があるのか、香居さんは俺にそう言ってきた。

「何となく、決め付けでね。ちょっと見ただけで人となりが判るほど達観しちゃいないって」

 香居さんはくっくっ、と笑う。

「……そういうのって後で失望したり、しませんか」

 勝手に期待されて、勝手に失望されるのは構わないが、直接俺に何かを言ってくるようなことがあると、正直面倒だし、鬱陶しい。

「それだけ期待寄せてりゃ、そういうのもあるかもだけどね」

 つまり。

「俺には期待してないってことっすかね」

 結局そういうことか?良く判らない。何を俺に言いたがっているのか。

「キミってよりも髪奈のオトコっていう大枠にはね」

 なるほど、それにしても中々はっきりとモノをいう人だ。こういう人は概して嫌いではない。大別すれば髪奈も冴城さんも、そういうタイプだし。

「確かにね、裕江は別れ方とか下手だし、男に殴られたりもしてきたけどさ。それはアイツが悪いとこもあるし、仕方ないってのはあるんだよね。だけどね、一応親友としちゃ、そういうの見てて気分良くない訳よ」

 そんないきなり過去の話をされたところで、反応に困ってしまう。

「……まだ付き合い始めたばっかなんすけど」

 別れるとか、そんなことにやたらと敏感になっているのが判る。香居さんは八木の隣に座っている裕江を見ながら言った。

「あ、そうか。それもそうだね。まぁあいつ、好きな男がいる時はいくらかマシなんだけどさ」

「マシ?」

「まぁ、このまま続くにしろ、ダメになるにしろ、君は関係のない話で悪いんだけどさ、別れた後はヒドイんだよ」

 何となく想像はできる。

「泣いて喚いて、タバコ吸ったり、酒に溺れてみたりさ」

「……そりゃナンギですね」

 普段はタバコなんて吸ってないはずだけど。

「まぁね。私もそういう時に何回も喧嘩してさ、色々あいつとのスタンスとか、考えてきてさ。……でも女じゃどうしようもないんだよね」

 友達として、親友として、やれることはきっとやってきたのだろうことは、なんとなく伝わってくる。

「だから俺ってワケっすか」

「そ。ちょっとくらいは期待してもいいかなって思ってる」

 誰かに期待されようが何だろうが、俺には関係ない話だけど、確かに香居さんにしてみれば安心できるのかもしれない。

「ま、そんなの勝手なもんだからさ、私が何を言ったってキミが何かを考える必要はないけどね。私はね、それで私が安心できるから勝手にそう思ってるだけで」

 多分だけど基本的に正直な人だ。こういう人だから、裕江は香居さんと付き合っていられるんだろう。

「ちょおっと、何マジメに語っちゃってんのよー」

 ずい、と身を乗り出して、裕江が話に割り込んできた。

(あんたの話だ)

「悪女にひっかかった哀れな少年に恋の手解きしてんじゃないの」

「自分だって充分悪女じゃないよの」

「私はおっとこまえ、だからね」

 何だか良い空気を作っているような気がする。仲の良い姉妹みたいだ。裕江にもこういう友人がいるっていうのは、正直驚いたし、安心もする。割と好き勝手やって、我侭なところがあるから、こういう理解力というのか、懐の深い人と付き合っているのは、俺としても安心できた。

(なるほど)

 つまり俺がそう思ったことと似たような感触を、香居さんも『髪奈裕江の男』に期待しているのかもしれない。

「おっとこまえだからいつまでたっても彼氏できないんじゃん」

「お前に男のことどうこう言われたかないっての!」

「悔しかったら男作ってみー」

「ばーか。あたしは慎重派なんだよ。髪奈と違ってね」



 で。

「ま、結構ザラよ」

 俺は裕江をおぶって、香居さんの部屋へ向かっていた。裕江は酔い潰れて俺の背で寝息を立てている。ここから近いらしい香居さんの部屋に裕江を泊めることにした。冴城さんは香居さんの友人といつのまにか二人で消え、八木のみが一人寂しく帰って行った。あの淋しそうな背中はなんだか忘れられない。

「あの、香居さん、コレ、どういうヒトなんすか?」

 アゴ先を背中の裕江へ向けて俺は言った。

「んー、基本的にはね……」

 と言って香居さんは言葉を切った。

「?」

「いや、やっぱやめとくわ」

 そして言葉を繋ぐ。おれとしては気になるし、訳が判らない。

「何です?」

 香居さんが言おうとしたことが不穏なこと、なのだろうか。

「いや、退くんじゃないかな、って思ってさ」

「退く?」

「そういうの、自分で知ってった方がいんじゃない?」

 それは確かに香居さんの言う通りかもしれないが、俺では判りようもない情報だとか、ある程度までは掴んでおきたいことはある。

「それがすぐできりゃ、さしあたっての苦労はないっすよ」

「なるほど」

「そりゃ付き合ってますからね、少しは判りますよ。癇が強いだのワガママだの」

 でも、もっと根本的なものを俺は知らない気がする。

「……コイツはね、少し極端なのよ」

「極端……」

「そう。男には束縛されてたいのよ」

「ソクバク?」

 意味が判らない。普通は束縛なんて嫌うものなのではないのか。特に裕江のような、良くも悪くも奔放な人間は。

「気にかけて欲しいし、色々注文つけて欲しい、あぁしてくれ、こうしてくれ、って。何で言ってくれないの?あたしのこと嫌いなの?とか、そういうの続けてるとね、自分が参っちゃうんだよ。元々堪え性のない女だからね。でもあれはするな、あれはこうしろ、だとかは嫌なの」

「で、でも、そんなの……」

「普通は誰でも同じだけど、コイツの場合はさ、特にそれが強すぎるの」

 の線引きが他の普通と違うのよ、と付け足して香居さんは言う。それは正直、俺だって判らない。

「強すぎてもダメ、なんすよね」

「そうね。まぁある程度縛り付けられて、それに文句言って、とかしてないと座りが悪いんだよ、この子の場合は」

「難儀っすねぇ」

 線引きはきちんと意識しておかないと、確かに大変だ。脈絡も関連もなく、裕江は裕江の頭や心に湧き出た気持ちや考えに逆らわない。だから急激に落ち込んだり激高したりもする。そこは体験済みだから判る。

「ヒトゴトじゃないでしょ」

 香居さんは軽く笑ってそう言った。……なるほど。

「ある程度キミの方が色々言ってやんないと持たないよ、コイツ」

「持たない?」

「一人で不安がって、それをキミにぶつけてコイツが欲しがってる答えを言ってやったって、納得しないからね。いつでも体当たりなのよ、コイツは」

「スタンスとか考えない方がいいってことっすね」

 なりふり構わず、裕江の体当たりには体当たりで対応するとか、そんなことなのだろうか。

「逆よ、コイツとのスタンスをしっかり取らないとダメなのよ。男側が続けていこうってんならさ」

 スタンスか。線を引く、とか間を空ける、とかそういうことのような気もするし、そういうことでもないような気がする。うまく、きちんと付き合うための、お互いの距離、スタンスというよりはむしろクリアランスを保たなくちゃいけないってことかもしれない。

「何となく、心構えっつーんじゃないけど、そういうの、判った気ぃします」

「ま、がんばんなよ。少しは期待してるからさ」

 にへら、と笑って香居さんは言う。

「男が苦労するんだから、友達やってるってのも、苦労しますよね」

 多分男とダメになれば、香居さんに寄りかかるんだろうし。

「そりゃね。恋人とダメになればやっぱり同性の友達が面倒見てやらないと」

「男も同じっすね、それは」

 頼るところがなければ辛いのは男も女も変わらない。放って置いてくれ、という時もあるけれど、結局それだって甘えの一つでしかない。そういう時は甘えの許される時なんだとは思うけれど。恋愛、というか、女との付き合いは裕江が初めてだけれど、俺も失恋というのは人並みにしてきた。

「私は私で色々と思うこともあるし、喧嘩したりもするけど、やっぱり親友だからさ」

 親友。親友は恋人と違って、別れたらお終いという間柄ではない。そう呼べる友達は俺にはいないのかもしれない。さっきの裕江と香居さんのやりとりは見ていても羨ましい、と本気で思えた。

「もし、俺でダメなら、そん時はよろしくお願いします」

 何か変かもしれない、と自覚しながら俺は言う。別に予想でも予感でもなんでもなく、多分おれはこの人にある程度の好意や敬意を持っているのだろう、と思う。そこから出た言葉だったのかもしれない。

「お願いされたくないから、がんばんなって」

 苦笑しつつ、香居さんは言った。

 それに応えられれば良いんだけどな。俺の背で能天気に眠っている裕江の顔を見て、思った。


 10:見えてきたコト 終り

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