03:ドラえもんと仮面ライダー

「いごかない!」

「動いてないっすよ……」

 くそ、やっぱりやるんじゃなかった。なんだか奇妙な腕の角度をさせられて腕が攣りそうだ。腕なんか描かなくたって良いだろうに。

「顔と腕の角度決まるのあと少しだからガマンしてよ」

 ピクピクしだした腕をなんとか騙そうと、俺はあちこちに視線を巡らせた。昼間の明るさを一切感じないアトリエってのは中々不気味だけど、今は電気だってついてるし、周りが昼間からは考えられないほど静かなこと以外は別に特別な感じはしなかった。高校の時の美術室と似たような感じだし。そう言えば『動く』を『いごく』って発音するのはどこの方言だった?

「顔はいいとして腕、キツイんすけど……」

 あ、攣れてきた。

「あとちょっとだから。手ぇいごかさないぃー!」

「うっ」

 攣った。

「男ならコンジョーよね」

「や、も、現状、保ってらんない、んすけど」

 なんか指、変な風にくっついてるし。つーか痛い。これ酷いと肉離れになるんだっけ?

「ドラえもんがさ、のび太君に一番最初に貸した道具って何だと思う?」

「はぁ?」

 また何言ってんだ、この非常時に。

「一番、どこでもドア、二番、タケコプター、三番、ありがたみわかり機!」

 三番なんか聞いたこともないぞ……。つーか創りだろ、それ。

「……一番!」

 俺はもう自棄になって叫んだ。

「実はあたし、答え知んないのよね」

 知らねぇんかい。

「なんかさ、随分昔にPTAとかで問題になったこととかあったらしいじゃん。すぐモノに頼るダメな子になるとかさ」

 そういえば何だか聞いたことがある。他にも子供向けアニメでそういった大人からのバッシングを食らってるものがあったはずだ。悪影響があるかもしれないってだけで、大人の勝手な視点だけで、子供番組から子供を引き離す。

 確かにどんな番組にだって多かれ少なかれ悪影響はあるだろうし、それを言い出したらきりがない。だからテレビはどんどんとつまらなくなって行く、と大御所芸人も言っていたような気がする。

「大体さ、仮面ライダーとかだってさ、あんな変身できて凄い力があるって判ってるんだったら、あたしだって悪い奴らに立ち向かうっつーの。変身しないで戦って勝ちゃーさ、子供だって勇気付けられるけど、子供だってバカじゃないんだからさ、自分が仮面ライダーみたいな力、ないことくらい知ってんだよね」

 何急に語っちゃってんだよ。それにそもそも子供ってそこまで深く考えてるか?俺が見てた頃は変身する前のパートなんか退屈でさっさと変身して欲しくてしょうがなかったけど。カッコ良いヒーローがカッコ良く戦う姿が見たかっただけで。

「何かキッカケがありゃあいいんじゃないすか。例えばドラえもんなら道具がキッカケで、仮面ライダーなら変身がキッカケで。何かキッカケがありゃあ強くなれる、みたいなのでしょ」

 そんな子供番組にムキになったところで、どうしようもないじゃないか。

「ま、そうかもしんないね。子供の教育に悪いだの何だのってさ、結局大義名分かもしんないけどさ、子供に夢与えるためにやってる訳じゃん、大人がさ。まぁ金稼ぎとかって話は置いといて、その辺大人同士の考えが違うんだったらそっち側でケリつけりゃいいと思わない?大体社会経験もない大人のフリしたような連中が子供を教育しなくちゃ、なんて背負い込むから勘違いした子供が出てくんのよ」

 言いたいことは判らないでもないが、そういうシステムを作り上げてしまって、それで人が立派にならなかったらシステムのせいではなく、個人のせいにされるのが今の日本だ。こんなところで学生二人が嘆いていたってなにも変わりやしない。

「色んな意味で大人の悪いとこ、良いとこ見て育つもんでしょ、子供だって」

「そ。だからさ、良いお手本になりたいなんてゴタイソウなこと言うんならさ、プロ野球の選手だってデッドボールやったら頭ぐらい下げろって思うしサッカー選手だって痛くもないのにペナルティー欲しさで演技すんなって。子供はプロの選手見て夢を膨らませんだからさ。美談が欲しいなら野球選手を呼べって?ちゃんちゃらオカシーわよね」

 ぽんぽんと話が飛ぶあんたのテンションも充分おかしいと思うけど。

「まぁそりゃ子供だってバカじゃないでしょうから」

「でっしょー。あたし教育学部でもなんでもないけどさ。教育学部の教育をしてる連中がもう決定的にどっかで間違ってんじゃないの、とか感じるワケ」

「そりゃ判りませんけどね。さすがにそこまでは」

 まぁ今までの教育が絶対的に間違っていたのならどこかで大幅に改定されるんじゃないか、とも思う。そこまでしないというのは今までの結果が裏付けになってる訳で、それを考えれば髪奈の言うことの方がおかしいとも思える。あくまでも今現在を肯定するならば、の話だけれど。

 いや、でも〇〇世代だとかいう言葉が横行して差別や中傷に近いものを受けている人間がいる事実を鑑みれば、綻びは当然、あるのだろう。何しろ人間が決めたことだ。完全なんてことはあり得ないだろうし。

「大体苛められっ子が苛められっ子を救おうだなんてのも間違ってんのよ。苛めてた奴のが絶対救い方とか知ってるわよね」

「まぁそれは俺には判らないっすけどね」

 苛めたことも苛められたこともない俺には判らない。

「苛められっ子ののび太が道具使って苛められた仕返しするなんてのはさ、ラッコが石使って貝割るのと同じな訳じゃん」

 極端から極端に走る人だな、この人は……。

「そうっすかねぇ」

 流石に話が飛躍しすぎだろう。俺はもう曖昧な返事しか返すことができなくなっていた。大体忘れてたけどこっちは非常時なんだってのに。

「オシマイ」

「は?」

「腕、降ろしていいよ」

 ……その為の変な話か。

「別に仮面ライダーもドラえもんも教育も、ぜんっぜん興味ないけどさ」

 くっくっくっと笑って髪奈は言った。

「俺もないですけど」

 攣った腕を揉み解しながら俺も釣られて笑う。

「上手いもんでしょ、モデルとの会話も」

 やっぱり気を紛らわせるための会話だったのか。結構大したものだな、と正直感心する。

「顔の角度とかはまだちょっとガマンして」

「あのさ、どうして俺な訳?」

 気になってたことを髪奈に訊ねてみた。

 自分で言うのも情けない話だが、別にイケメンでもなんでもなけりゃ、何か特徴がある訳でもない。何で俺をモデルになんて選んだのか。

「直感よ。インスピレーションってやつ。結果がどうのなんてやってみなくちゃ判んないし、散々な目には遭ってるけどさ、それでもあたしはね、自分の直感には逆らわないことにしてんの」

「あん時、たまたま見かけた俺に、何かこう、キた訳っすか」

「あん時じゃないわよ。冴城さんの後輩だってのは知ってたしさ」

(マジかよ……)

 元凶は冴城さんだったのか……。やっぱり色々ヤバいよな、あの人。いい加減付き合い長いけど……。

「あんたさ、ヤリマンだの食い放題だの結構酷ぇウワサ立ってるらしいじゃないですか。嘘らしいけど」

 俺はふと、冴城さんに聞いた話を思い出して髪奈に訊いてみた。どういう反応を返すだろうか。

「半分はね」

 べ、と舌を出して髪奈は笑った。

「はん……」

「そ、半分。だってモデルになってくれた男がそういうの欲しがったらそのままやるし」

 それじゃ噂のままなんじゃ……。

「好きじゃなくても?」

「その時は好きだよ。興味あるから抱かれてもいいや、って思うんだし」

 いいやって……。

「別に軽蔑してくれたって構わないけどね」

「じゃ、じゃあ、あんた……」

 ごくりと唾を飲み込んで、俺はちょっとだけ想像した。

「何?したくなっちゃった?別にいいけど、まだちょっと待っててよ」

「……バッカじゃねーの」

 俺は小声になって言った。何だか、何なんだよ、この女は。

「ま、他人にはそう見えるかもね。だけど、ミサオをどーのとかで描きたいもの逃すよりいいよ。別にヘンなイミじゃないけどエッチだって嫌いな訳じゃないし」

 別にやりたいと思った訳じゃない。だけど、俺がもしそう言えばこの女は簡単に身体を開く。

「別に、説教する訳でもないし、言えたガラじゃないけど」

「もっと自分を大切にしろ、とかそういう話でしょ?もう慣れてるけどさ。あたしにとっては今、それが大事なの。別にセックス事態を軽視するつもりはないけどさ、抱かれることがどーのより今、描きたいもの描けなくちゃ間違ってるでしょ、人間として」

 大体操だの初めてだの目に見えないもん大事にしろ、ってんなら、今描きたいすぐ描きたいの見えない方を大事にしてもいいでしょ、と言ったきり、しゃ、しゃ、と絵を描く音だけが嫌にアトリエ内に響いた。

 確かに髪奈がこの手の話に飽き飽きしているのは充分に判った。

「そういったもん、なんですね……」

「あたしはね」

 あたしは、と強調して髪奈裕江は笑顔になった。


 03:ドラえもんと仮面ライダー 終り

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る