世界の終わり(2月14日)

バルバルさん

チョコと世界の潰れる音

「ねえ、世界の終わりに食べるとしたら、何がいい?」


 そう聞いてきたのは、隣に座る女子だった。



 2月14日、世界は終わる。


 理由なんて知らない。だがとにかく、今年の2月14日に世界が終わるという事だけ、俺は認識していた。


 それを認識しているのは、この世界で恐らく俺だけだ。なぜなら、多くの人が認識していたら、とても大きな問題になっているだろうから。


 そして、俺はこの世界の終わりに対し、何の行動も対策もしていない。だって、世界が終わるのに、人間一人が行動し、対策を練った所で何になるのだろうか。ただ、狂人がわめいていると思われるのが関の山。


 まあ、どうせ世界がその日に終わるのなら、もう一秒早くさっぱりと終わらせるのも、悪くないかもしれない。そんな、少し危ない考えをしていたくらいには、世界の終わりに対して、自分でも驚くほどに淡泊に感じていた。


 まあ、世界が終わって、困ったり、泣いたりするくらい、この世界と言う物に愛着を持てる生活をしていなかったのが原因かもしれない。


 彼女でもいれば、違ったのかなぁ。なんて思うくらいは許してほしい。


 そんな認識を持ちつつ、1月も終わりに近づいてきたある日の事。数学の授業中、隣の席に座る女子、タチバナがこうつぶやいたのだ。


「もうすぐ世界が終わるのに、勉強なんてばからしいよね」


 彼女もまた、世界の終わりを認識している人のようだった。


 それが、俺とタチバナの、世界の終わりまでの交流のきっかけだった



 そんな彼女が、2月に入り少しして、ふと呟いたのが最初の言葉。


 教室でノートの書き取り中の俺は、ノートから顔を上げ、いきなり何を聞くんだと思いつつ、俺はその日の行事を思い出す。


「そーだな。せっかくだし、チョコでも食いたいな。確か2月14日って、バレンタインだろ?」

「ん、わかった」


 普段のタチバナを知っている人間がいれば、今の状況に目をひん剥いて驚愕するだろうか。


 なにせ、7文字以上の言葉を発して人と会話することのないほどに、タチバナは人見知りなのだ。


 まあ、俺に対しても、結構短い言葉でやり取りはするが……だが、タチバナからしたら、長文の言葉で会話している。


「なんだよ、作ってくれるのか?」

「義理でよければね」


 つまらなそうに窓の外を見るタチバナ。その姿はいつも通りだが。


 数日で、そんな何でもない軽口をたたき合う程度には仲が良くなっていた俺とタチバナ。


 やはり、共通の話題……というか、認識があると、会話が弾むらしい。まあ世間的に、会話のきっかけが世界の終わりについて、でなければまともなのだろうか。


 その後、宿題がどうの、学校の先生がどうの、読んでる本がどうの、動画がどうの……


 他愛もない会話をして、別れる。世界は終わるけど、雑談をしてはならない理由にはならないだろう。


 しかし、世界が終わるのに勉学に励むのも、やや滑稽かもしれないが。まあ、世界の終わりに対して何かするよりよりも、日常が大事なのだ。



 時間は止まることはなく、2月14日。世界の終わる日になった。


「はい。これ」


 昼休みも近くなった時間。授業の終わりに屋上に呼び出された俺に、彼女はそう言って、ハートにラッピングされたチョコを手渡してきた。


 屋上は普段は施錠されて入れないのだが……なぜか、タチバナがピッキングして開けていた。


 それについて聞くと、何でも女の子には秘密のたしなみが二つや三つあるらしい。


「さ、世界が終わる前に、ちゃちゃっと食べて、感想を頂戴」


 渡した後、こちらを見ずに屋上の金網から、世界を眺めるタチバナ。その表情は、伺えない。


「なんだよ、ハート何てこじゃれてるじゃん」

「本命だからね」

「……」

「何真っ赤になってんのよ」


 何故振り向いていないのに、俺が今真っ赤な顔をしているのがわかるのだろうか。


「ならないほうがおかしいだろ」

「3か月くらい前から、好きだった」

「……そーかい」


 なら、もう少し早めに言ってはくれないかと思うくらいは許してほしい。こんな、世界も終わる寸前に言われても、返答に困る。


「世界、終わっちゃうね」

「ああ」


 グラウンドでは、皆が運動し、教室では、休憩時間を過ごしている人がいる。


 この学校の外にも、いや、国の外にも。生きている人がいる。世界がある。生活がある。


 でも、全て今日で終わり。世界は終わるのだ。


「ねえ、チョコ食べたら、最後にキスして?」


 そういう彼女の言葉に、自分の顔がさらに赤くなるのを感じつつ。


 チョコの包装を、雑に破かないよう丁寧にはがし、そっと口にいれようとする。


 気が付けば、タチバナは俺の方を向いていた。なんだよ、お前だって真っ赤じゃん。


 タチバナがじっと見ていると思うと、食べづらいのだが。まあいい。



 そして、おれがチョコレートを歯で嚙み潰すと同時に。



 世界が、潰れる音がした。



 味わう時間くらいくれよな……



 それが、俺の最後の思考だった。

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世界の終わり(2月14日) バルバルさん @balbalsan

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