第8話 山茶花の化身
「はい?」
頭が追い付かない。どういうことだ。
「厳密に言えば、山茶花の化身といいますか、うーん。メルヘンな話でいうと妖精ってところですかね。」
「まさか、いつもみたいな冗談ですよね。」
「それがまさかなんですよね。んー、どういったら信じてくれますかね。」
葉一さんは腕を組んでうーん、と唸っている。
この人が?化身?妖精?まさか、だって普通に紅茶も飲んでるし、影だってあるし、他のお客さんにも姿は見えている。
………あれ、でもちょっと待てよ。
そうだ。出会って2回目の時だ。紅茶を知らなかったよね。
見た目はどう見ても20歳そこそこなのにやけに昔の植物園の事を知っていたり、驚くくらい花に詳しかったり、かといって学校に行ってる素振りもないし、あの浮世離れした様子、365日ここにいるっていうのが嘘じゃないとすれば。
「あ、そうだ。試しに枝折ってみますか?すると僕も怪我をするので証明になるかと。」
葉一さんが山茶花の枝に手を伸ばす。
私はその手を慌てて押さえて制止する。
「やめてください。………信じますから。」
「君を悲しませるつもりはなかったんですが…ごめんなさい。」
悲しませる?そんなこと、と返答しようとしたが、それは私の頬を伝う涙で理解した。あ、私、今泣いてる。
「お花なのに人の気持ちを読むの、得意なんですね。」
「花だからですよ。いろんな人に見られてきましたから。」
そう笑う彼の瞳は、今まで見てきた人たちを懐かしむようだった。
同時にすべてを受け入れて潮時だ、と思っているようにも感じた。
「でもまあ、いろんな人を見られたし、君みたいな面白い子にも出会えたし、後悔はないですね。それに僕と人は生きる時間が違う。いつだって見送ってばっかりだったので。」
伐採される最後の日まで遊びに来てくださいね、と付け加えた彼の言葉は私の胸にズンと重しを乗せた。
どうしようもない、そう言ってしまえば簡単だし、残りの期間を精一杯楽しむ、普通だったらその選択が最良の選択なのだろう。納得するんだ、飲み込むんだ。
そう思って爪が食い込む握りしめた拳を胸に押し当てる。
飲み込め、納得するんだ、さあ、早く、笑って、そうですね、それまでよろしく願いします、って言うんだ。私もいい大人だ、それくらい出来る。
プルプルと小刻みに揺れる肩。
浅い呼吸。
何とか息を整えて、よし、言うんだ、と息を吸って出てきた言葉は私の頭の中に浮かべた原稿とは違う文面だった。
「私がなんとかします。」
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