第3話 また来てくれたんですね
「やあ、また来てくれたんですね。」
「先日お名前を聞くのを忘れていましたから。」
「名乗ってませんでしたっけ?」
「名乗ってないです。」
「そうですか、じゃあ、思いだしてください。」
「はあ?」
「あははっ。面白いですねー。」
その週の週末。さっそく来てしまった。別にすぐにこの人に会いたかったとかそういうわけではない。断じて。
私が探すまでもなく彼は私が入場門をくぐった時点で見つけたようで、こちらに向かってヒラヒラと手を振ってきた。もちろん、相変わらずの人懐っこい笑みを浮かべている。
「今日はスニーカーなんですね。」
「先日はヒールで後悔しましたから。あと、山茶花についても少し調べて来ました。」
「勉強熱心ですね。感心感心。ああ、それとも、もしかして僕のことが気になって調べてくれたとか?」
「違います。少しは知識があったほうが楽しめると思ったからです。」
「なーんだ、残念。でも調べて下さってありがとうございます。」
全然残念そうに見えない笑みを浮かべ、彼は感心感心と子どもを褒めるように手を叩いた。小恥ずかしい。
「さて、では行きましょうか。案内しますよ。えーと…。」
「どうかしましたか?」
「いや、あなたの名前をお聞きしていなかったもので。聞いても良いですか?」
「眞守です。」
「下の名前は?」
「風子ですけど。」
「まもり…ふうこ。うん、素敵な名前ですね。では風子さん行きましょう。」
気軽に名前呼び…慣れてるのかな。確かに誰にでも笑顔のようだし、そういう人なんだろう。
「今日お仕事は?」
「休みです。」
「じゃあ、ゆっくり回れるわけだ。」
「そうですね。」
当然のように彼は隣に並び、植物園の案内を始めた。この前来た時は閉園時間間近だったということもあり、よく見ていなかったが、この植物園は想像していたよりも広く、いろんな木や花が植えられていた。手入れも行き届いているようで、花たちも心地よさそうに風に揺れている。
「よし、これで8割は回ったかな。」
「思った以上に広いですね。これで8割ですか。」
「まあね。」
彼は腰に手を当てて自信満々に胸を張った。いや、別にあなたを褒めたわけではないのだけれど。そんなことはお構いなしに彼は、まだまだ紹介したいところがあると言わんばかりに、指を下りながら次に紹介したいところを羅列していく。
「この先の場所は紅葉が始まってるから今綺麗なんですよ。丁度変わり始めでオススメ。」
そのまま歩き出してしまいそうな彼を制止する。正直少し、いや、大分足が疲れている。
「ちょっと待ってください。少し休憩しませんか?私飲み物買ってきます。」
近くのベンチを指差して声に出す。
「飲み物?」
「はい、飲み物です。喉乾かないんですか?」
「んー僕は大丈夫だけど、君は…飲んだ方が良さそうだね。」
私の顔をじっと見てそれから、うんうんと頷いた。
今自分がどんな顔をしているのかは分からないが、思いのほか広い植物園を歩きっぱなしで、汗もかいている。おそらく化粧もはげている。普段に仕事からの蓄積された疲労も含めると、おそらく元気いっぱい、生き生きとした若者の爽やかな姿とは程遠い様子だろう。
というかそんなにまじまじと顔を見られると正直照れる。これで照れない人いないだろう。私は体の向きをざっと変えた。
「あっ案内したお礼に御馳走させてください。何が良いですか。」
「うーん…じゃあ水かなあ。」
「遠慮しなくていいんですよ?」
「僕は水以外飲んだことないんだよねー。」
ハハッ、と笑うその顔からは冗談なのか本気なのか分からない。
「でも君が用意してくれるならなんでもいいですよ。」
ね、と言葉を付け加えて微笑む。
「かっ買いに行ってきます。」
私はすぐ近くの売店へと向かった。
珈琲?カフェオレ?紅茶?それともジュース?
普段水って言ってたし…せめて珈琲か紅茶かくらい聞いておけばよかった。
どれにしよう。
メニュー表を真剣に見つめる私に店員さんは不思議そうに小首を傾げた。
紅茶にしようかな。いや、どちらも買って選んでもらおう。私はどちらも飲めるし。
注文を済ませて受け渡し口で珈琲と紅茶を受け取ると、私は彼の末ベンチへ戻った。
「どちらがいいですか?」
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