第2話 花言葉

青年はにっこり笑みを浮かべたまま、近くの木を指差した。


「あそこの木に咲いている花、わかりますか?」


手のひら寄り少し小ぶりな赤い花。さっきまで気になっていなかったはずなのに、少しだけその花がパッっと明りが灯ったように見えた。


「椿、ですか?」

「残念。山茶花です。椿はもう少し後で咲くのでまだ蕾ですよ。」


青年はクックと喉を鳴らして笑いながら、指差す方向を少しだけずらす。

なるほど、確かに指差さされた山茶花の奥にはまだ蕾の木が見えた。


「まあ、よく似ているので間違える人が多いのも事実ですよ。咲く時期も似ていますし、花自体も似ています。よく見れば散り方や花の形も違うのですが…。」


青年は間違えた私を馬鹿にするわけでもなく、ニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべたまま話す。やけに花に詳しいな、この人。


「あの、植物園の方ですか?」

「んー…まあ、そんなところです。」


青年は少し言葉を濁したように答えた。そんなところってなんだ。


「そんなところ?」

「はい、そんなところです。あ、僕は365日ここにいますよ。」


365日!?社会人としてそれはどうかと思う。休日がなさすぎる。この植物園の経営は大丈夫なんだろうか。


「働きすぎではないですか?休日がないじゃないですか。」

「おや、心配してくれるんですか。」


青年は、おーと関心したように小さく手を合わせて目をぱちくりさせた。その様子からは一つも疲れを感じさせない。ってことは毎日勤務だけれど、勤務時間が短いとか?


「でも僕よりあなたの方が心配すべき顔をしていますよ。」


青年が私の顔を覗き込む。整った顔立ちがやたら眩しい上に、何だかほのかに良い香りがする。って落ち着け。近い。距離が近い。


私はぐいっとのけ反った。


「そっそうでしょうか。」


声が裏返ってしまった。恥ずかしい。


「そうですよ。そんな貴女に山茶花の花言葉を送ります。」


青年は特に声が裏返った私を笑うわけでもなく、先ほどと変わらない笑みを浮かべたまま、私の手を取り優しく包み込んだ。


「困難に打ち克つ。」


瞬間、サアーっと風が通り抜ける。風は青年の黒髪をふわりと揺らした。


「大変そうですけど、きっといいことがありますよ。疲れた時はまたここへ来てください。なんせ僕はさっきも言いましたが、365日いますからね。」


にっこり笑う青年。良く笑う人だ。


「……変な人ですね。」

「よく言われます。おや、もうすぐ閉園時間ですね。出口まで送りますよ。」


青年は私から手を離すとくるりと踵を返した。


「ほら、早くしないと門が閉まってしまいますよ。急いで急いで。」


急かされて私は慌てて追いかける。

出口を出たのは本当にギリギリの時間だった。


「ではまた遊びに来てくださいね。」

「はい。」


私はペコリとお辞儀をして歩き出した。


「あ、名前。」


振り返ると既に本日閉園の看板が出ていた。


「また今度行ったときに聞こう。」



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