世界は平和になりました

 重砲の弾が降り注ぎ、土を天高く巻き上げている。


 俺は塹壕の中で芋虫のように転がりながら、どうか気まぐれな一発が俺のところに落ちませんようにと祈って砲撃が止むのを待っていた。


 しばらくして砲撃が遠のいていく。

 今日の「定期便」はようやく終わったみたいだ。


 塹壕からこっそりと頭を出し、ヘルメットのひさしから前を覗いてみる。

 すると目の前ではいつものありふれた戦場絵画がみれる。


 灰色の戦場をまるでキャンバスか何かと思っているのか、空や地上に向かって発射される曳光弾が、いくつもの優雅な曲線を描いていた。


 戦争。

 誰かが戦争は美しいと言っていた。


 確かに美しいとは思う。


 闇夜を切り裂く曳光弾、ミサイルを迎撃するオレンジ色のサーカスみたいな煙と炎。この戦場にも美しさはあると思う。


 だがそれはしかし致死的な美しさだ。


 視線を下せば、無数の焦げた死体が天に向かって手を伸ばしている。

 彼らはついさっきまで生きていた。


 衛生兵を探して手を伸ばしていたが、誰にも看取られることなく死んだ。

 俺たちの手持ちに弾薬はあっても自分以外に使う包帯も鎮痛剤もない。


 動けなくなれば、ああなるだけだ。

 自分の未来を見るようで、心臓を握りつぶされるようだ。

 不安に身震いまで感じる。


 殺す以外の道具が支給されなくなって久しい。

 次第に渡されるものの種類は少なくなり。殺す目的に純化されていく。


 一番優先度が高いのは、銃と弾丸。

 それ以外はもはやどうでもいいのではといった具合だ。


 その銃すら、鉄パイプにビニールテープで何とか動いているといった風情だが。


 俺の壕に誰かが入ってくる音がして振り返る。振り返った先には、分隊を率いる軍曹がいた。彼は俺の肩を叩くと、ヤニ臭い口でこういった。


「二等兵、お前が先に行くんだ。若いお前がこの中じゃ一番足が速い」


「だけど……軍曹!」


 俺たちはついさっきまでこの戦場を駆けずり回って、あるを動かせるようにしていた。


「いいか、ジェネレーターはつなげた、誘導装置もオンライン、しかし司令部は全滅した。最後のスイッチは手動で起動しなくちゃいけねえ」


「連中はもう勝った気になってる。最後に……かましてやろうぜ!」


「司令部とは、もうつながらないんですか?」


「ああ、もう軍も何もあったもんじゃない。世界からデケェ兵器が無くなってからは、どこも頭がおかしくなっちまったな」


「襲撃だ!!」


 分隊の誰かが叫ぶ。みると無数の兵がこちらに迫って来ていた。

 石と棍棒、ねじ曲がった鉄板を組み合わせた斧を持った、クローン兵だ。


 ……昔は「大量破壊兵器」というものがあったらしい。

 しかし何かがあって、その一切が失われた。


 すると不思議なことに、世界中でその大量破壊兵器の埋め合わせをするかのように技術革新が起き、様々な技術が戦争に転用された。


 極東アズアでは人型機動兵器「ガンドーム」、ナメリカでは超常的な能力を持った改造人間「スペシャルマン」が生まれた。目の前で雄たけびをあげて突っ込んでくる「クローン兵」もその技術革新のうちのひとつだ。

 

「クソッ!連中に見つかったか!機銃手!寄せ付けるな!」


 <ダダダダダダダ!!!!>


 機関銃が火を吹いて、まるで中世さながらの、いや、それよりも酷い原始人みたいな武装をしたクローン兵が薙ぎ倒される。


 しかし10人倒せば、100人のやつらが新しく現れる。


「いけ!走れ二等兵!!」


「……行ってきます!ぜったい、帰ってきますから!」


「ああ……!」


 ざっと土を蹴り上げ、塹壕を去っていく二等兵の背中を見つめた軍曹は、水筒に残っていたなけなしの火酒を胃の中に流し込む。

 腹が燃えるようだ。しかしこれが良い。


「「ウォォォォォ!!」」

「来いよ!!同じ顔ばっかりしやがって!」


 <ドドドドドン!>


 軍曹は年季の入ったアサルトライフルでもってクローン兵を撃つ。

 しかし薙ぎ倒されても、その死体を踏み潰して次が来る。

 まるで津波だ。


「空いた穴でしか区別できねぇんだテメェらは!!」


 そしてついに奴らが壕に入って来て、白兵戦、もみ合いになる。

 ナイフと銃で軍曹は応戦するが、右腕に連中が振るった斧がめり込む。


「少しは研げ、ボケカス!」


 斧の持ち主にナイフを突き刺して、軍曹は残った腕をかばうようにうずくまる。

 それをみたクローン兵は軍曹にとどめを刺そうとするが、軍曹は痛みに耐えきれなかったわけではない。


 軍曹は服に隠していたスイッチを入れた。刹那、塹壕に仕込まれていた総重量400キロのプラスチック爆弾が炸裂し、軍曹もろとも、クローン兵たちを吹き飛ばした。


 ・

 ・

 ・


「ハァ……!ハァ……!」


 俺は目の前にある、針の山のようなミサイルの群れを見る。

 総勢1145141919発の弾道ミサイルだ。


 この国は大量破壊兵器の代わりに、ある物を開発した。

 詳しい名称は知らないが、論理INMシステムという工場システムで、どんな複雑な製品も、基底数の1145141919個作り上げるという産業システムだ。


 昔はこの弾道ミサイルという兵器には、「核兵器」というものが搭載されていたらしい。しかしそれは失われて、いまではただの炸薬しか積まれていない。


 しかし1145141919発もあれば十分だ。

 論理INMシステムにより、1発でも残しておけば、次の日にはまた1145141919発補充される。


 誘導装置はオンラインだ。後は全て機械がやってくれる。

 スイッチを押せば、無数のミサイルが24時間世界中の敵めがけて飛んでいく。


 俺は目の前にあるスイッチを見た。


 妙に艶やかな、オレンジ色をしたプラスチックのスイッチ。

 数センチしかないただのボタン。これを押せば、この世界のすべてが終わる。


「クソッ!」 


 俺はスイッチを押した。

 瞬間、目を焦がすほどに周りの空気が熱くなった。

 無数のミサイルが天高く飛んでいく。


 俺は燃え上がる世界を背景に飛んでいくミサイル、その終末を見届けた。

 そしてその光景を見て、やはり「美しい」とおもった。


 そこにやましさや罪の意識はなかった。


 美しいと思うこと

 これが罪と言うのなら、何が罪といえるのか?



 ――世界は平和になりました。

 たった一人になってしまっては、もう誰とも争うことはできないから。


 そして最後の一人は思いました。


「どうして、こんな力を得てしまったんだ……」


 ・

 ・

 ・


「どうして滅ぶの?!なんでまた全部吹き飛んでるの?!」


「手段を奪っても、有機生命体の「奪う」っていう目的は変わらないからじゃない?むしろ悪化してるよね?」


「クソッ!どうしてこんなことに!!」


「オメーのせいだよ!!!!」


 マイアグーラの突っ込みをよそに、ニャルはその空虚な貌を持ち上げると、ハッとした様子で明るくした。


「そうか!マイの言うとおりだ、こんどは目的に着目してみるとしよう」


「ってーと?」


「ほら、有機生命体って基本的に『奪う』のが目的じゃん?だからぜんぶひっくり返して『与える』のを目的にした、機械生命体とかどうかな?」


「なんかすっごい、厄ネタっぽいんだけど……」


「そうだ、奉仕する機械種族なんてどうかな?マスターを探して無限に宇宙を旅する種族とか面白そうじゃない?まあ始まりは簡単なAIからになるだろうけど」


「まあ、やってみればいいんじゃない……?」


 こうして邪神はまたひとつ余計なことをひとつ考えだし、どっかの宇宙がひとしれず犠牲になるのである。


 そう、次に犠牲になるのは、この我々が住む宇宙かもしれないのだ。


 おしまい

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