魔王軍の対NBC兵器魔法戦術

 ★★★


「騎兵隊は3波に別れて前進、ゴーストは左右を迂回して背面から攻撃を仕掛けろ」


 勇者アレスは、的確に不死者の軍隊に指示を飛ばす魔王を見ていた。


 こういった規模の違う、国レベルの戦いでは、やはり魔王のほうが一枚上手であると、アレスは間近で魔王の采配を見てそう感じていた。


 アレスの指揮する戦いというのは精々四,五人だ。

 この魔王のように、何万と言った兵員を扱うものでは無い。

 大地を埋め尽くす、命なき軍勢の動きに圧倒されるしかなかった。しかし……。


 「カッ」と光が弾けると、その無数の軍勢であっても薙ぎ払われる。

 次元が違うのは「NBC兵器魔法使い」であるファインも同じだった。


 魔王は土魔法でもって大きなシェルターを作り、熱線と爆風を防ぐ。

 しかし空中に居るゴーストはその身を守る物が無く、光で焼き払われてしまった。


 大きなキノコ状の灰色の雲が上がったあと、灰色の空に残るゴーストはなかった。


「相変わらず頭のおかしい威力だ……!魔王、ゴーストが壊滅したぞ!」


「問題ない。ゴーストは一時的に消えるが、無念が存在する限り再生する」


「無念……?」


「つまり、あの光に焼かれた者たち、死体すら残らなかった者たちの無念の怒りだ」


「ああ、なるほど……」


 アレスは魔王の言った言葉に納得した。

 いや、納得せざるを得なかった。


 魔王の言ったことの意味はつまり、こういうことだ。

 あのゴーストたちは、NBC兵器魔法使い、ファインを恨んで発生した。

 彼の命がそこにある限り、ゴーストは消えないという事だった。


「あとは、あれを試してみるか。どうせこの土地は死んでいるのだ、もう少しばかり死んだとしてもかまわんだろう?」


「魔王、一体何をするつもりだ?!」


 勇者アレスが発した問いかけに、魔王は少し面倒くさそうな顔を見せた。

 しかし息を吐くと、これから何をはじめるのか、その説明を勇者に始めた。


「簡単にいうと、この空間を氷獄とするのだ」


「ファインとやらが使う『N兵器魔法』。その対策を我々魔王軍は考え続けていた。そして出た結論のひとつが、『とにかく冷却する』だ」


「ちょっと冷やしたくらいで、あの火球が打ち消せるとは思わないけど……」


「うむ。しかし、魔法の原点はどうか?」


「原点……?ファイアーボールが飛んでって爆発するまでのちっちゃな玉みたいなやつのことだよな?」


「うむ」


 この世界で使われる魔法には、作用と原点という考え方がある。

 これは導火線と爆薬のようなものだ。


 魔王の言う「原点」とは、魔力を使って、導火線に火をつけるまでの事を言う。


 爆発する「作用」を冷却で相殺することはできないが、作用にいたるまでのわずかな時間、それを妨害するのに冷却が有効だと魔王は語っているのだ。


 しかし、勇者アレスはそこまで魔法に詳しいわけでは無い。

 いまひとつ魔王の言う内容が理解できなかった。だが、他に頼れるものもないと思った勇者は、魔王の行いを止める気にもなれなかった。


「よくはわからんが、ともかくやってみようぜ!このままじゃこの土のカマクラの中で蒸し焼きだ!」


「ああ、私が何故魔王とよばれるか、それをお前に見せてやろう」


 <甦るは始原の静寂、天に潜む無尽の水よ、嘆きの風となりて集い、形為す静謐せいひつを現せ……『アイスエイジ』!>


 魔法に対してさほど詳しくない勇者アレスでも魔力の流れは感じられる。

 たちまちのうちに枯れた大地に霜がおり、空からは白い粉雪が舞い散ってきた。


 勇者パーティの面々が吐く息も白い。

 魔王の吐く息も白くなっているのを見た勇者は、魔王も生き物なんだなと、当然すぎることをいまさらに思った。


「寒い!寒すぎる!」


「こんなもので良いとするか……ゴーストもすこしづつ数が戻ってきたな……よし、再攻撃だ!」


 空からはゴーストたちが逆巻く緑の竜巻となって、は渦を巻くようにして魔術師ファインに殺到する。


 他方、大地からも、地面に浅く降り積もった雪を巻き上げて、死者の騎兵隊がファインに向かって突進を始めた。


 NBC兵器魔法使いのファインはこれまでさんざんやって来たように両手を掲げ、「N兵器魔法」の名を叫んだ。


 すると。天空から降って、地面に突き刺さる円錐状のものがあった。

 完全に霜が付き、凍り付いたそれは「東風」の核弾頭だ。


 魔王の放った『アイスエイジ』によって、上空に出現した核弾頭は一瞬で凍り付き、起爆装置に機能不全を起こして不発となったのだ。


 ★★★


「これは、一体?!『N兵器魔法』が封じられただって!?」


 ファインは狼狽していた。スキル画面を開いて連打しても、白く凍り付いたドングリみたいなのが空から降って来るだけなのだ。


 運悪く落ちてきたそれに当たって砕けるスケルトン・ナイトもいるが、こんなものでどうにかなる軍勢ではない。


 クソッ!一体どうしたらいいんだ!!!!


 あらゆるスキルを連打するが、いっこうにあの閃光は現れない。

 もはや見放されたのか?


 神は、魔王に蹂躙される人の世界を許すのか?!

 ファインが絶望に飲まれるまさにその瞬間だった。


 「テッポードン」が「ミニッツメン」にスキルが成長した時のように、スキルの欄にある名前が名状しがたい七色、いやそれ以上の色彩に輝き泡立っているのだ。


 そういえば、聞いたことがある。

 神がそのスキルを直接与えることがあるという伝説を。


 人の勇者が危機に瀕したとき、神はその勇者に特殊なスキルを与えることがあるという。人はそれを「ユニークスキル」という。


 神の加護を得た、この世に二つとない貴重で強力なスキルだ。


 これはきっとその「ユニークスキル」に違いない!!!!


「アザトース!!!!」


 そのとき、その瞬間、一つの宇宙が終わった。

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