月に変わってお仕置きよ
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「おっかしぃなぁ……全然帰って来ない」
僕は肉屋さんの囲いの中の死体を片付けながら、店主が帰って来るのを今か今かと待っていたが、空に星が浮かんできても一向に帰ってくる様子がない。
そう言えば地図には同じようなマークが10個もあるのを思い出した。
そうか!何で気が付かなかったんだ!僕はバカだ!!
――そう、ここは牧場のひとつにすぎないんだ!!
肉屋さんはたまにしか、この囲いに来ないのかもしれない。
「しまったなぁ……そうすると、この豚をどうにかしないといけないぞ?」
ぼくは
すると遠くに何か、たいまつの明かりのような者が見えた。
「あれは……きっと肉屋さんだ!さっそく彼に会いに行こう!」
僕は森を進む明かりを追いかけた。
しかし、夜の森では見通しが悪くて見失いそうだ。
今日は満月だというのに、月明かりが生い茂る樹木の葉にさえぎられて、森の中はほとんど真っ暗だ。これでは前が見づらくてしょうがない。
そうだ、こういう時こそNBC兵器魔法だ。
葉っぱを散らすために、C兵器魔法を使うとしよう!
「カレハ・ザイ!」
呪文を唱えると前方に巨大な霧の柱が発生する。
月明かりに照らされる白色をした霧の柱は、竜巻のように回転して進み、進路上の樹木の葉っぱを瞬く間に地面に叩き落としていく。
よし、効果はバツグンだ!
さらにカレハ・ザイを放つとしよう!
「カレハ・ザイ!」「カレハ・ザイ!」「カレハ・ザイ!」
何度も唱えると、月明かりがすっかり森の中まで届くようになった。
よし、これなら追いかけられるぞ!
僕は「カレハ・ザイ」で落ちてきた地面の木の葉気を付けながら前へすすんだ!
足を取られて、つるっと滑ったらたまらないからね!
すっかり葉っぱの落ちた枝だけの木を青白く染める月明かり。
それを頼りに進んでいた僕は、ようやくたいまつの灯りに追いつくことができた。
すると気付く、たいまつを持っていたのは、囲いの中に居たのと同じ2頭の豚だ。そんでもって豚は、ロープでぐるぐる巻きにした何かを肩に担いでいる。
あれは……人だ!
そうか、わかったぞ!
あの人は豚に担いでもらって、豚を馬代わりにしているのか!!
「まってくださーい!!お肉屋さん!!」
「ブゥ!!なんか変な奴が来たブー!」
「やっちまうでブー!」
むむ、お肉屋さん(?)を運んでいた豚は僕に向き直ると、どこからともなく大きな棍棒を取り出した。
なるほど、人を運ぶのに選ばれるだけあって、この豚たちは気力体力が余り余っているのだろう。さしずめ暴れ豚といったところだろうか。
「ヒャッハー!ブッ叩いてユッケにしてやるでブー!」
「今夜はパーティーだ!ブー!」
★★★
地面に転がされた僕は、意味不明な事を言う少年を見た。
彼はオークと対峙しているが、その表情や構えは全くもって戦士のそれではない。
子供でも分かる、絶体絶命なこの状況。
それをまるで理解している様子がない彼は、おそらく知能が……うん、そうだな、毎日が挑戦的、チャレンジになるような人物なのだろう。
ああ、かわいそうにこれは殺されるな。
棍棒を振りかぶりながら、2頭の豚は月光を背後に空中に躍り出た。
月に変わっておしおきよと言わんばかりのポーズであったが、そのぜい肉のせいもあってか、可憐さや優雅さはひとかけらも無かった。
その直後の事を想像して僕は目をつぶろうとしたが、その前にことは起きた。
棍棒を振り下ろされる寸前、彼はオークになにか魔法を放った。
すると次の瞬間、オークは空中で棍棒を手放して、3回転しながらゲロを噴水のように吹き出して地面に頭から堕ちる。そして尻穴から大きな屁をこいて悶死した。
なんて汚らしい魔法、いや、これは結果に過ぎない。
彼は炎や氷、雷を発しない不可視の魔法を放ったのだ。もしや呪いか?
しかし呪いにしてはあまりにも効果が表れるのが速い。彼は一体何を使ったのだ?
「ふう、暴れ豚と肉屋さんには悪いけど、『オゥト・ガス』でしばらく静かにしてもらうとしました。すみません肉屋さん」
人懐っこい笑顔で語りかけてくる青年。
助かった、のか?
彼は、彼は……?
……これはなんだろう?彼は不思議と印象に残らない見た目と顔をしている。
服もなんだか普通の服といった感じで、とても言葉にしずらい。
いやいやそれはともかく、礼をしないと。
「僕は肉屋じゃないよ、オザムという旅の商人さ」
「えっ、お肉屋さんじゃなかったんですか?豚を連れているからてっきり」
豚とはオークの事だろうな。
ああ、さては襲われたばかりの僕の緊張をほぐそうとして、冗談を言っているのだろう。なら少しそれに乗るとしよう。
「たまに干し肉や生肉を扱う事もあるけど、専門のお肉屋じゃないよ。肉の扱いは不得手でね、だからあんなにイキのいいお肉に運ばれていたわけだけど」
「そうだったんですか。あ、商人さんなら、こっちにお肉があるんですけどひきとってもらえませんか?」
「いいとも、どれくらいある?少し多くても引き取れるよ」
「えっ?でもオザムさんは馬車とか持ってないですよね?生ものですけど大丈夫なんですか?」
「僕はスキル『アイテムボックス』をもっているからね。大抵のものは身一つで持ち運べるんだ」
「なるほど!」
「それで、お肉は一体どれくらいの量があるのかな?」
「この豚が100頭分あります!」
――は?と思ったが、彼に連れられていったハイオークの砦は完全に壊滅して
群れを率いるオークキングすら門の前で死んでいた。
いや、絶対におかしいだろこれ。
ハイオークを相手にするのは普通四,五人がかりのはずだ。
盾を構えた連中がハイオークの大ナタを防いで、後ろの数人が大槍やハルバードで突いたり切ったりして弱めてトドメをさすのが普通の戦い方だ。
ほぼ無傷で100体のハイオークとキングが死んでるんだけど、なにこれ?
意味わかんないんだけど?
なにひとつ嘘では無かった。
無傷のハイオークの肉や分厚い皮って結構な値段なのだが……。
100体分となるとお屋敷一軒くらいになるのでは?
僕は気が遠くなっていくのを感じながら、ハイオークの死体を一つ一つ、アイテムボックスに収めていった。
支払い、どうしよう?
★★★
~数日後、どっかの呑気な国のお役所~
<プルルルル!><プルルルル!><プルルルル!>
先日からうちの役所に、マスコミや市民団体から無数の電話がかかってくる。
内容はどれも似たり寄ったりで「何をしてるんだ」みたいなのが99%だ。
この電話の原因は、国有林に埋められていたとある農薬がごっそり消えたことが原因になっている。この農薬はクッソヤベー成分が原因で、50年以上前に使用が禁止され、山に埋められて封印されていたのだが……。
「消えたってそれマジでいってんの?」
「そうとしか結論でないんだって。どうすんだろうね?」
「監視カメラにもなにもなし、300キロ近い量を運んだ形跡もなんも無し。そもそも土を掘り返した後も無しときたもんだ」
「マジで消えたとしか思えないな、そうなると……」
「あれだけ消えてほしかった存在が、ホントに消えるとなると大騒ぎになるの、なんか笑えるな?」
「笑い事じゃねーよ、どうすんだよコレ、誰が信じるの?」
「まー、何人かクビは飛ぶだろうな」
クソ分厚いコンクリートに埋められていた農薬。ここまで厳重に封印されていたのは、こいつのとある成分に原因がある。
その成分とは、猛毒の『ダイオキシン』のことだ。
こいつは「最も毒性の強い人工物」なんて言われる物質だ。
1960年代、モンなんとかっていうアメリカの会社が開発して、ベトナム戦争で使用された「枯葉剤」。そいつはこの「ダイオキシン」を含んでいた。
枯葉剤はジャングルを利用する北ベトナム兵に苦戦したアメリカ軍が、身を隠すための森を枯らすために使われたのだが……結果として想像以上の事が起きた。
「枯葉剤」はただの除草剤では無かったのだ。
ダイオキシンという猛毒を含んでいた為、使われたベトナム人はもちろん、使った側のアメリカ兵にも多大な被害を出した。
俺は研修でその「被害」とやらを見せられたが、まったくどうかしている。
こいつが生み出した奇形児、後天的な障害はとてつもなくおぞましいものだ。
当時もそれが問題になり、現場の人間の反発で使用を取りやめることとなった。
つまり俺らの先輩方だな。
しかし当時はまだ無害化処理の方法も無かったんで、ヤバイのは承知で、コッソリ国有林の地下にコンクリートごと埋めた。
そしてある日、それが消えたのだ。ある日定期点検で見に行ったら、ぼっこり地面が陥没していて、「ついにやったか!」と調べたら、中身は全て消えていたのだ。
全く意味が解らない事態に役所もマスコミも大混乱。
いやーどうしようね?
「やったのは神か仏か、いずれにしてもとんでもない愉快犯だな」
「悪魔だろ。仕事が完全にパンクしてるよ」
ちがいない。善意にせよ悪意にせよ、ひとまずぶんなぐってやりたい気分だ。
―――――――――――――――
枯葉剤のことを知らない人が意外といたので
捕捉を追加しました。
とくに高校生くらいだとダイオキシン問題と言われても
ピンときませんよね
最近話題にならないからすっかり忘れてました。
あ、ちなみにこれ消えたのは創作の話なので一応。
日本の国有林にまだ大量に埋まってます。
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