イノシシ洞窟

 僕は地図を頼りにイノシシのいる洞窟を目指していた。


 しかし、すぐに異変に気が付く。


 ギザギザの牙が並んだみたいなシルエットのバリケード。

 そして動物の肉や皮が干されたものがたくさん並んでいる。


 柱やバリケードの槍みたいに尖った部分には、動物や何かの頭蓋骨が突き刺されていて、まるでトロフィーかなにかみたいに展示されている。


 なんてことだ!

 僕はうっかりしていた!!!!


 これはきっと……そうだ、ここには、住み込みの肉屋さんがあるんだ!!

 イノシシの巣穴の前にお肉屋さんを作ったのか……なんて頭のいい店主だ!!


 巣穴の前に作れば、狩人に頼まなくても獲物のお肉が手に入る。


 なるほど、素晴らしい判断力だ。

 きっとかなり頭のいいお肉屋さんがいるに違いない。


 しかし困ってしまった。お肉屋さんということは、ここは私有地だ。

 勝手に入ったら迷惑になってしまう。


 かといって、今から別の洞窟を目指したら夜になってしまう。


 いくら旅慣れた僕でも、野宿は嫌だ。


 無理は承知で、お店の人に泊めてもらうように頼みこむしかないだろう。


 ぼくは独特のデザインセンスが光っている大きな門を叩いた。


 この尖りに尖ったデザインは、前衛芸術っていう奴だな。

 こんな人里離れた場所にいながら芸術に情熱を注ぐなんて、きっと店主は人間的にもできた人物に違いない。


 それなら僕が困っていることをちゃんと話せば、お店のどこかに僕を泊めてくれるかもしれない。ダメで元々なんだ、とにかく店主に頼んでみよう。


「たのもー!」


 すると中からくすんだ肌色をして、豚鼻で大きな牙を持ったイノシシが現れた。

 イノシシは門を塞ぐように立ちはだかっている。身長は僕の3倍くらいはあるだろうか。手には大鉈を持っている。すごい、とても立派で大きなイノシシだ。


 店主が出てくると思い込んでいた僕は、一瞬あっけにとられた。


 そうか!これは囲いだ、この中でイノシシを放し飼いにしているのか!

 ……なんて冷静で的確な肉屋さんなんだ!


 それにイノシシにこんな芸術的な囲いを与えるなんて。

 きっとお肉屋さんはイノシシを家族のように愛する素晴らしい人物に違いない。


 ぜひ一目店主に会って見たいな。

 

「ブハハ!なんかニンゲンがやってきてるブー!」


 おお、イノシシが人間の言葉を一部理解して話しているのか。


 ……そう言えば、どこかで聞いたことがあるな。


 飼育している牛や豚に、きれいな音色の音楽や、優しい言葉をかけると、動物が幸せを感じることで、肉質が柔らかくなるっていう話があったっけ。


 すごい!!店主は先進的な飼育技術にも詳しいんだな!!

 ますます彼に会って見たくなってきた!


 僕はこの領地でスローライフするとなると、てっきり毎日が野性味あふれた焼肉になるかと思っていた。なのに、ちゃんとした肉屋さんがあるなんて。


 ハムやベーコンや燻製をお願いできないかな?望外の出会いに感謝だ。


 いや、アリサさんはこれを解っていて僕をここに贈ったのかもしれないな。

 ふふっ、彼女には感謝しないと。


 おっと、それはともかくだ。


「ちょっと豚さん、そこを退いてくれないかな?」


「ブー何をぬかすんだブブブビョォォー!!」


 こまったな。イノシシが邪魔で、門をくぐれない。


 大きなイノシシが、開いた門の隙間をみっちり塞いでしまっているのだが、語り掛けても退いてくれない。このイノシシは人間の言葉を覚えているけど、意味までは理解していないのか。


 仕方がない。可哀想だけど、C兵器化学兵器魔法を使うとしよう。


 「イーペリット」はお肉がただれて、(味に)害がありそうだな?

 

 うーん……何がいいかな?


 そうだ!!「サーリン」にしよう!!


「ごめんねイノシシさん、退いてほしいんだ『サーリン』!!」


「ブホホ!!なら力づくで……ググ……ゲゲゲボベオビョボイイイィィ????!」


 イノシシは倒れて咳き込んだ後に、げぇげぇとわめいていた。


「うーん、体が大きいからか、あまり効きが良くないな?なら数を打てばいいか!!もういっちょ『サーリン』!」


「ギョギョロギョロブビチチチィ!!!」


「ふぅ、ようやく絶命したかな?」


 C兵器魔法は取り回しがしやすいけど、魔法にもかかわらず、なぜか生物にしか効果がないんだよね。でも生物ならすごい効果を発揮するのだ。


Nを抜いたBC兵器魔法は、ゴーストみたいな幽霊や、ゴーレムなんかの無機物にはまったくといっていいほど効果がない。


 このイノシシは生物だから、効果てきめんみたいだね。

 お肉屋さんにはちょっと悪いけど、中に入るためには仕方がない。


 僕は大きなイノシシの死体をまたいで中に入る。


 すると柵の中に居たイノシシが、ブゥブゥと騒ぎ立て始めた。

 おや、一体何が起きたんだろう?


「ブヒィィ!!キングが!キングがやられちまったでブゥー!」


「キング?ああそうか、このイノシシはこの柵のなかのイノシシのボスだったのか」


「ブー!キングの仇を討ビョボロロロロロ!!!!」


 しまった!ついうっかり、大変なことをしてしまった!


 あれが「キング」イノシシということは、この柵の中で一番上等なイノシシという意味じゃないか!きっと肉屋さんが品評会なんかに出す予定だったのかもしれない!!


 これではお肉屋さんにこっぴどく怒られてしまう。

 肉屋さんの代わりにイノシシを全部シメて、これで許してもらおう。


 柵の中にいるイノシシは、ふぅむ100頭前後か。


 1匹だったらただのミスだ。

 だが100匹だったらそれはどうだろう?


 この柵の中にいるたくさんのイノシシを全てシメることができるとお肉屋さんに知らしめるのだ。そうすればきっと、お肉屋さんはミスには気が付かない。


 いやむしろ100匹ものイノシシを瞬時にシメられる人はそうそういないはずだ。

 そうすれば、ミスから偉業になる!!!!


「サーリン!サーリン!サーリリリサーリン!!」


僕は農場に居るイノシシに対して、片っ端からC兵器魔法の「サーリン」をぶっぱなしまくった。


 あっという間に100頭のイノシシは倒れた。


 ここまですれば肉屋さんも、僕の魔法の有用性を認めてくれるだろう。

 あるいは、そう、ビジネスパートナーとしても認めてくれるかもしれない。

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