おいでませエブリバーガー領

 ★★★


 なんかとんでもないことが遠く離れた暗黒魔大陸で起きていたが、そんなことはつゆ知らず、【NBC兵器魔法使い】のファインはエブリバーガー領に辿り着き、かつてこの領地を統治していたという騎士の館の前に居た。


 騎士の館は放棄されて久しいようで、屋根は傾き、窓は塞がれ、ひどくものさびしい感じをかもし出していた。


 人間というのは不思議なもので、生息しようとする巣の安全や危険を本能的に感じ取れる。それで言えばこの館は最悪のものと言っていいだろう。


 暗く、空気の通りが悪く、家具はおろか、壁も床も柱も、何もかもがしめったようでカビ臭い。部屋々の静まり返った様子はどうにも不自然で、とじられたままのカーテンの裏には何かを隠しているようにうさん臭い。


 この館に立ち入った者はだれであれ、床をきしませ歩くときに、何らかの心構えを感じずにはいられないだろう。


「へぇー!こんな大きい家は初めてだ!」


 だがファインは違った。陽気にズカズカと上がり込むと、バンバンと豪快に戸を開いて、館に風を通し始めた。


「こんなもんでいいかな!」

「あれ?こんなところに甲冑が?」


 そこにあったのは以前、この館に住んでいた騎士の物であろうか、古びた甲冑があった。甲冑の表面は窓から入り込んでくる陽光を反射して、キラリと光った。


「せっかくだし、これも日干しするとしようか。カビ臭いったらありゃあしない」


 そういってファインが甲冑に触れようとしたその時だった。

 ガタガタと震え、甲冑が動き出し、かたわらに置いてあった長剣を手に取った。


 身に着ける者がいないはずの甲冑は、まるで主を得たかのように動きだした。

 そう、この館の以前の主であった騎士は鎧の亡霊、「ゴーストナイト」となっていたのだ!


「これはまさか……以前の館の持ち主の方ですね。よろしくお願いします」


 ブォン!と振られた長剣は、ファインの首をとらえられず空振りした。

 彼が剣よりも速く、美しい角度でお辞儀したからだ!!


 空振った剣は、勢い余って柱に食い込む。がっつりと噛んでしまって、デュラハンが剣を引き抜こうと力を入れるとギュッとたわんだ。


 「あっやべっ」っとおもったデュラハンはそれ以上剣を引き抜くことができなかった。なにせ彼は生前から貧乏で、この剣一本しか持っていないのだ。


 死んでしまってもはや彼には稼ぎも無い。

 この剣が無くなってしまえばもう剣は無いのだ。下手に引き抜こうとしてブチ折ってしまうと、それはもう大変なことになる。


 <カタカタ……>


「わわっ、怒ってるのかな?急に入ってすみません。アリサさんにこの領地を頂いたんですけど、以前の所有者の方がまだ残っているとは……」


 そこで彼、ファインは気が付いた。すでにこの領地の所有者は自分だ。であるならここに居る彼がかつての所有者だとしても、それは「不当占拠」ではないか?


 はたと気が付いた彼に猛烈な正義感と怒りがわいてきた。

 この館は自分のものなのだ。この騎士は居直って襲いかかってきたのだ!


「もうこの領地は僕のものなのです!あなたの者ではない!出ていってください!」


 ゴーストナイトはそれを聞き、理解したかどうかは定かではない、しかし襲い掛かってくることに変わりは無かった。

 ファインはもはや話し合いでの解決は不可能と断じ、ある呪文を詠唱した。


「ホーリー!」ファインがゼロ距離で唱えたのは、「聖属性」のN兵器魔法だ。


 聖別された光が大きくなり、熱として膨れ上がり、そして――

 ゴーストナイトと一緒に、館も一緒に消し飛んだ。


「……やっちゃった。うーん、これなんだよなぁ、NBC兵器魔法の欠点って」


 館は消し飛び、館の立っていた丘を中心に、半径40Kmの範囲の樹木は完全に燃え尽きて黒い炭となっていた。


 ファインは【NBC兵器魔法完全防御】のスキルがある為、なんの影響もないが、館は別だ。文字通り跡形もなく消し飛んだ。


「今夜寝泊まりする場所が消えてなくなっちゃった……そうだ!イノシシが住んでいる洞窟があるじゃないか!そこにいこう、最悪雨風が凌げればいいや!」


 そういって、地図を広げたファインは、豚顔が書かれた洞窟で、比較的近くにある物を確認すると、そちらへ向かって移動することにした。


「うまいこと行けば、今日はイノシシ、ボタン鍋だ。たのしみだなぁ!」


 そういうファインの足取りは、ついさきほど住むべき館を失ったとは思えないほどに軽かった。

 ・

 ・

 ・

 ~どっかクソ寒い感じの国の首都の執務室~


 昔の国旗である赤い旗と一緒に、2つの頭を持つ金の鷲が飾られている執務室で、身長が低い禿げ上がった背広の男がイラついていた。


 彼はこの国の大統領であり、この国の宗教主導者から主席エクソシストとしての地位を与えられている。つまり悪魔祓い師でもあった。


 彼は聖職者の資格は無いが、悪魔払いと称して、近くの中小国に軍隊を送りこみ、街に戦車で突入し、住民から悪魔を追いだすために神聖な鉛玉を頭にぶち込むことを責務としていた。


 しかし、近年ではその事業は不調を極めていた。


 中小国の悪魔を払おうとして多種多様の聖なるミサイルや聖なるロケット弾を撃ちこんでいると、お前こそ悪魔だと言われて預金を凍結されるわ、国外の財産は差し押さえられるわ、散々であった。


 まったく、国際社会を自称するサルどもは何故わからないのだ。悪魔は殺すまで悪魔なのだ。すなわち死んだ悪魔だけが良い悪魔なのだ。


 近頃では国民すらこの悪魔払い事業に反抗しているので、オッサンから子供まで、片っ端の民草を悪魔祓いに送り込んでいる。


 国民も、悪魔の姿をその目で見れば、きっとわかってくれるだろう。そう信じての事だ。


「プッチン大統領、よろしいでしょうか」


「どうした、ショイゲ国防大臣。私が直々に聖別した核弾頭『聖プッチン』がイクラ・イナに着弾した際のスピーチを考えるのに、私は今忙しいのだぞ!!」


「その、『聖プッチン』が……イクラ・イナに持ち込んだ核弾頭が……全て、まるっと、消えました!」


 キーウ!!と鳥のような叫びをあげたプッチンは、不幸にも机の上に合った鎌と槌のオブジェに派手に体をぶつけた。


 昔ながらの頑固な職人仕上げで作られた頑丈な置物の鎌は、彼の心臓を貫くに充分な硬度を持っていた。


 かつての祖国を夢見た主席エクソシストは、かつての象徴によってその命を散らした。


※核弾頭を祝福して聖別しているという部分についてはマジです。

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