3.初めての、

 夕暮ゆうぐれの町の中は、どことなくさびしげなオレンジ色にまっていた。わたしと麗音れいねさんはカフェを出て、道を歩いていた。


「あの、今日はいろいろお話しできて、すごく楽しかったです!」

「ほんとう? それはよかった。私も花奈かなさんと話すことができて、うれしかったよ」


 麗音れいねさんの横顔は、鼻筋はなすじが通っていて、とてもきれいだった。


「そういえば麗音れいねさんって、ラインやってたりしますか? よかったら交換こうかん、しませんか?」


 わたしのもうに、彼女かのじょは少しだけこまったような顔をしてから、笑った。


「ごめんね、ラインはやっていないんだ。でも、ツイッターのアカウントはあるから、そっちを教えるよ」


 彼女かのじょはそう言って、持っていたかばんの中からメモちょうとボールペンを取りだして、紙の上にさらさらと文字を書く。わたされた紙には、ユーザーネームだと思われる英数字えいすうじが書かれていた。


「気が向いたら、メッセージでも送って」

「わかりました! わざわざ、ありがとうございます」


 わたしは、かるくお辞儀じぎをする。麗音れいねさんはそんなわたしの姿すがたに、ふっとほほえんだ。

 えきにさしかかって、麗音れいねさんはわたしの方を見た。


「私、電車だから」

「え、この町に住んでなかったんですか?」

「うん。ここに来たのは、散歩さんぽ目的もくてき。私、散歩さんぽが好きなんだ」

「そうだったんですね」


 わたしの言葉を最後に、少しの間、沈黙ちんもくがあった。

 麗音れいねさんの青いかみは、夕焼ゆうやけを受けてあわくきらめきながら、終わりかけの春の風に揺られていた。


 彼女のくちびるが、ゆっくりと開かれた。


「……花奈かなさんは、レイネを愛していると、そう言っていたよね」

「うん、言いました」


 夕陽ゆうひうつりこんだ薄茶色うすちゃいろひとみが、わたしの姿すがたをとらえている。


「もしかしたら私と貴女あなたは、出会う運命うんめいだったんじゃないかな」

「え……?」

貴女あなたは私と出会う前から、私によく似た存在そんざいを……いいや、私を、えがいていた。だから多分、これはさ――」


 麗音れいねさんはそう言って、細いうででそっと、わたしの体を……きしめた。



「――運命うんめいなんだよ」



 耳元でささやかれたその言葉に、心臓しんぞうがぞくりと、ねるのがわかった。

 麗音れいねさんはまた、言葉をつむぐ。


「ねえ、私じゃ駄目だめ? レイネと私は、ちがう?」

「ええと、その、ええと……」


 思考がぐちゃぐちゃになって、うまく言葉にすることができない。むねがどきどきして、おさまりそうにない。


「私は……貴女あなたいてきた、レイネなんだよ」


 麗音れいねさんは――いや、レイネは……そう言って、わたしの顔を真っ直ぐに見た。


「……私、貴女あなたのことが好き」


 レイネの顔が近づいてきたから、わたしは思わず、目をつむった。


 自分のくちびるに、やわらかな感触かんしょくが、れたのがわかった。


 それが終わって、わたしはゆっくりと息をしながら、目を開いた。

 レイネは、わたしのことを見ていた。


 その薄茶色うすちゃいろの目に、どんどん透明とうめい液体えきたいが、たまっていった。

 それが、つうとこぼれおちて、ようやく彼女かのじょいているのだと、わかった。


「……ごめん」


 レイネはなみだをぬぐいながら、わたしにを向けた。


「ほんとうに、ごめん。沢井さわいさん……」


 レイネは、名前ではなく、初めて苗字みょうじでわたしのことをんでから、歩きだした。


 わたしは追いかけることもできずにただ、遠ざかっていくレイネの、れる青色の長いかみを、ながめていた。


 心臓しんぞうは今も、ばくばくと、みゃくうっていた。

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