第6話 老ゴブリンの悩みを聞くおっさん冒険者

「それで、この森に何の用かの?」

 老ゴブリンはそう言って、ディアを眺める。

「冒険者の魔物狩りならぶっ殺して今晩の晩飯にしてやろうと思っておった所じゃが、見たところ神官様じゃろう?仲間も連れず武器も持たずじゃ。魔物狩りではなかろう」

 いいえ、ザンネーン!魔物狩りでした!

 そういう返事をディアはぐっと飲み込んだ。


「この老体にできる事があったら協力したいんじゃが、何の用で森へ来たのじゃ?」

 ディアはどう誤魔化そうかと考え、少し顎に手をやり考えるような仕草で尋ねた。

「ゴブリンさん、貴方はなぜ協力的なんですか?」


…… ……

 ディアが出した結論は質問を質問で返す事だった。

 社会人が会議でやると進行が遅延して嫌がられる。

「質問を質問で返すなと教わらなかったのか?」と怒鳴られたり睨まれるような返事だが、やましい所がある場合は別なのである。

 話を逸らしやすい、誤魔化しやすい返事なのだ。


「貴方、浮気したでしょう?スーツに口紅がついてるわ」

「なぜ口紅がついていると浮気だと思うんだ?」

「いや、スーツにキスされたって事でしょう?」

「スーツにキス?キスはスーツじゃなくて唇や相手の肌にするものじゃないのか?」

「え、でもスーツに……」

「お前がもし浮気した時は、相手のスーツに口紅でキスマークを付けるのか?」

 洗濯の手間がかかるだろうに、相手の男も嫌がるだろう。

「浮気はしていないけど、付ける場合もあるんじゃないの?……えっと」

「女性とあった記憶はないけど、本当に口紅なのか?」

「えっ、口紅に見える……けど赤いマーカーや朱肉がついたようにも見えるわね」

「ホワイトボードの赤マーカーや印鑑がこすっただけじゃないのか?」

「……うーん赤マーカーっぽいわね、ごめんね」

 畳みかけるように質問をすると、返事をしなくてはと相手の考えるリソースを割く事ができる。そして質問を返すストレスを解消するために

『とりあえず、私が悪かった事にすればいいか!』

 と話を終わらせる心理が働く。


 逆に質問に対して返事をすると、相手の攻撃の手は休まらないのだ。

「貴方、浮気したでしょう?スーツに口紅がついてるわ」

「浮気なんてしていないよ!スーツに口紅がつくような事はしていない」

「嘘よ!ほら、これを見なさい!」

「……なんだか赤い線があるね」

「赤い線!?口紅じゃないの!会社で何していたのよ?」

「うーん、口紅に見えない事もないけど、女性とはあってなかったし口紅が付く事はないと思うんだけど」

「でも実際に口紅がついてるじゃない!」

「ホワイトボードで赤マーカーつかったからその時についたのかもしれないよ」

「言い訳しないで!嘘ばっかりよ!ホワイトボードの事なんて今まででてきてなかったじゃないこの浮気野郎!」


…… 閑話休題 ……

「ゴブリンの分際でと思うかもしれんが……死んだらどうなるんじゃろう、と考えたら怖くなっての。ワシはたくさんの人を殺してきた」

「まあ、ゴブリンですからね」

「殺してきたやつらは、天国へいけるようにと祈ったり、神様に祈ったりしていてのう。それで、命乞いをするわけでもなくただ祈り続ける人間の行為に興味を持ち、どういう事かと調べてみたのじゃが……人を殺すと地獄とやらに行き、殺されるよりも苦しい思いを永久にし続けるというのは本当なのじゃろうか?」


「私の教会では、死んだら善人は天国へ。悪人は地獄へ行くとされてますね」

「やはりか。そして懺悔や善行を積む事で打ち消せるという事も知っているが本当かの?」

「私の教会では、そう教えてますね」

 死後を恐れる老ゴブリンを、ディアは興味深そうに眺める。

「老いて死期を悟り、死後の事を調べると怖くなり、何かしら善行をして償わねばならないと思っておった所で、偶然、神官様に出会ったでの。協力すれば懺悔できるかもしれんという下心もあってじゃな」

「懺悔したいのですか?聞きますよ。私の森に入った目的は魔物にも悩める者がいるのではないかと思いましてね」

 嘘である。口から出まかせであったが、老ゴブリンはその行為に感動し落涙した。


 ディアが老ゴブリンの懺悔を聞くこと、一時間。

「汝の罪を許しましょう。貴方の罪は許された」

「おぉぉぉぉ……、ゴブ美、ゴブ恵。ワシはやったぞ!」

「じいちゃ、おめでと!」

「おめーっと!」

 老ゴブリンは嬉しそうに孫の幼女ゴブリン達の頭を嬉しそうに撫でる。

「さて、罪は許され天国へ行けることが確定したワシじゃが……神官様にもう一つお願いがあってのう」

 天国へ行ける事を約束した覚えは無いし、確定もしていないのだが。

 死人に口無し。ディアはそれをスルーした。

「頼み?なんでしょうか?」

「ワシを殺してくれんかね?」

 寿命までに、新たな罪を背負いたくない。

 今も病で、一呼吸ごとに肺に切り裂かれているような痛みが走る。

 神官様に祈られながら殺された方が、死後の世界が良い物になりそうだ。


 そう言った内容だった。

「頼む、どうかワシを助けると思って。殺してくれんじゃろうか」

「解りました、家族や残された人への挨拶をしてください。貴方のかたき討ちだ!と襲われても困りますしね」

「おぉ……感謝しますぞ。別れの挨拶を考えておりませんでしたのう。それでは村に来てくだされ、歓迎しますじゃ」

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