第3話 同じ左目
十歳になった
そして迷った。
とりあえず下山しようと歩き回っているときに見つけた獣道を辿っていくと、途中から上り道になり、さらに大岩が現れたため引き返そうとしたが、ふと岩の裂け目に気がついた。一見亀裂が入っているだけに見えるが、近づくと通り抜けられるだけの幅があった。
警戒しつつ覗き込むと奥から光が漏れてきていることがわかり、もしかしたら反対側の斜面に出られるかもしれないと、岩の裂け目を通り抜けたのだが、その先の光景に驚いた。
まるで
その美しさに遭難していることなどすっかり忘れ、しばらくの間立ち尽くしていると、突然後ろから肩を叩かれた。
「うわー!」
びっくりして大声をあげつつ振り返ると、そこには自分より少し幼く見える子供が立っていた。
「あ、ごめんなさい。おどろかせちゃって」
その子は困ったような顔で謝りつつ、
肩を叩かれたとき、とっさに数歩後ずさってはいたが、それでも近かった距離をさらに詰められそうになったことで動転した
無防備なまま思い切りしりもちをついたため、
「大丈夫?」
タタっと駆け寄る足音がして、すぐ近くから心配そうな声が聞こえた。
目を開けると、自分を覗き込んでいた相手と目が合ってしまった。それもかなり近い距離で。
その瞬間、
時がとまったかのように、お互い無言のまま見つめあった。
世界から切り離された次元に二人だけが存在している、そんな風に思えるほど、その他の一切が排除されていた。
ふっと相手が笑ったことで
「あ、えっと……」
「立てる?」
とりあえず礼を言わなければと、改めて相手の顔を見てまた言葉を失った。
(めちゃくちゃ可愛い)
ゆるく弧を描く眉と長いまつ毛に縁取られた大きな目は、それだけでも人を惹きつけるのに十分な魅力があるのに、小さくつんとした鼻も薄紅色の唇も愛嬌があり、それらが完璧なバランスで配置されている。
さらに色白の肌は蒸したての餅のように柔らかそうで、思わずその頬をつつきたくなるほどだ。
「少し座って休もう」
落ち着きをとりもどした
「どういたしまして。気分はよくなった?」
聞きながら隣にちょこんと腰かけた相手の二の腕が少し触れ、妙に胸が高鳴ってしまう。体が触れないようわずかに横にずれながら改めて見ると、質素な
その格好から平民の男児なのだと思われるが、どうにも顔が火照ってしまい、それをごまかすために手でぱたぱたと顔を扇いだ。
「うん、大丈夫だ。ちょっと暑かっただけ。それよりここって
「そうだよ」
「知らなかったな。都の
「
「ああ。おまえはどこから来たんだ?」
「同じ。
「そうか、一緒に来た人は?はぐれたのか?」
「一人で来たんだ」
「おまえひとりで?危ないだろ」
「君こそ、一緒に来た人はいないの?」
「俺は十歳になったから一人でも大丈夫なんだ」
「なんだ、同い年じゃない」
「え!おまえ十歳なの?」
「よく幼いって言われるんだ。背もちょっと低いから……」
「あ、そういえば名乗ってなかったな。俺は
「え?」
名乗った途端に驚いた表情を向けられたため、
今日初めて会った相手が自分を知っているかもしれないと思うのにはちゃんと理由がある。
その王家の嫡子である
「俺のこと知ってるのか?」
知っていても不思議ではないと思い聞いたところ案の定「左丞相の?」と返事が来た。
「そうそう、父上が左丞相の王家の
「あ……、え、その……」
先ほどまでとは打って変わって言葉に詰まってしまった相手を見て、身分の違いに恐縮しているのだと思った
「なんだよー、俺が王家の人間だったら名前も教えてくれないのか?」
「いや、ちがうよ、そんなんじゃなくて……」
「じゃあなんていうんだ?」
「……秀」
「ん?なんだって?」
「
極めて簡単に言うならば、運命を感じた。
得体のしれない不気味な模様を見るたびに、何か大きな罪を犯したような、そしてそれを責められているような、耐えがたい苦痛を感じていた。
誰かに話したいと思っても、いざ話そうとすると言葉が出てこない。結局一人で苦しむ以外にどうしようもなかった。
だから鏡を見ることをやめたし、家族以外には一定の距離をとって目を合わせないことでどうにかやり過ごしてきたのだ。
十歳になり、同年代の従者をつけようと、父親が家格の良い子息たちを連れてきたこともあったが、なんだかんだ理由をつけて選ばなかった。
だがこの
「
「え……」
「家だよ。おまえが住んでる家」
「えっと、左丞相府からは、遠い……かな」
左丞相府は
「もしかして
「え!?」
振り返った
「確か、朱雀門から近いところにあったよな。おまえそこの坊に住んでるのか?」
「……」
「まあ、どこに住んでてもかまわないよ」
そう言うと、腕を組んで何か考え事をするように視線を斜め上に向けた。
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