第25話

「ヴォォォ!!」

「嫌ぁ!」

「翼さん!」


 十川さんは恐怖で硬直している私の腕を引っ張り、ゾンビから逃げるためにカワシマ親子を置いて部屋の裏口を出る。


「あ、ああっ…!」


 私は遠ざかっていくタクミ君達を襲ってくる化物から眺めているだけで救い出すことはできず、十川さんに引っ張られるがままに私は連れていかれる。


 一体何がどうなってしまっているのだろうか?さっきの人型の化物は何?あんなのがどうしてこの病院に……


「翼さん気をしっかり!」

「!……十川さん……」


 十川さんが私の両肩を掴みながら私の名前を呼んだことでようやく意識がはっきりする。とにかく今は十川さんとどう逃げるかを考えなければ……


「ヴォォォ……!」

「!?……まだ後ろに!」

「翼さん僕について来て!」

「は、はい!」


 私は後ろから追ってくる化物から逃げるべく、信頼できる十川さんの後ろを離されないようにしっかり走る。


 そして私たちは病院の7階の大きな通路に出ると、衝撃の光景を目の当たりにする。


「なっ……!?」

「う、嘘……」


 その光景とは、先程見かけたような化物が通路にいた人達を襲っている姿であった。とても悍ましく、残虐な光景で、悲鳴が大きく飛び交っているのが聞こえる。


「いやぁぁ、やめてぇ!」

「さ、触るなぁ!」

「い、痛いっ!痛いよぉ……」


 皆も化物に抵抗するも、化物の数は多数であり、数の差でなす術なく化物に体を噛まれてしまう。しかしその衝撃な光景はさらにも続く。


 何とその化物に噛まれて息絶えたはずの人達が、しばらく時間が経つとフラフラと立ち上がり始めて他の化物と同様の正気を感じさせない狂気な空気を纏った化物が生まれた。


「何がどうなってるの……?」

「あれは……もしかしてゾンビか?」

「ぞ、ゾンビ?ゾンビってあの映画でよく出てくるあのゾンビですか……?」


 私が知っているゾンビというのは架空の化物であり、その特徴は生きる屍でその化物に噛まれた人は同じくゾンビになってしまうというものだ。


 今目の前で見たその現象はまさしくゾンビの特徴と合致していた。ということはつまり、ゾンビというものは架空の化け物ではなく本当に存在したということ。


「そんな……誰かがP-tBウイルスを蔓延させたというのか?」

「P-tBウイルス……?」


 一体それは何だろうか?十川さんと仕事をしてしばらくは経つけどそんな単語は初めて耳にした。私はそれに興味を持ってしまい、単語の意味を聞いていいのかが分からずしばらく十川さんの顔をじっと見つめてしまっていた。


 私の視線に気付いて先程の発言を失言だと思ったのか、私と目線を合わせずに気まずさを漂わせながらも、何事も無かったように振る舞い始める。


「と、十川さ……」

「翼さん逃げるよ」

「え、あ、はい……」


 その顔は聞くことを良しとしないような顔つきであった。意地でも聞かせないというのをその鋭い目つきと顔つきから感じさせる。


 私はそれに気圧されて質問をすることを憚れた。


 又、ゾンビ達が迫ってくることも確かであり、今それを聞く余裕は無いため私は今このタイミングで聞くことは諦めた。


「はぁ……はぁ……!」


 十川さんの後ろを走りながらついて行き、周囲を見渡す。私はその周囲の生きている人達がゾンビに襲われている姿、あまりの恐ろしさにその場に座り込む人、そして息絶えた人間が生き返る多くの姿を見かけて、悪臭が漂うこの空気を吸い込み呼吸がし辛くなる。


「はぁ……はぁ……!」


 現実だと信じたく無いのにこの悪臭といつに無い十川さんの真剣な目つきからこの世界が本物なのだと実感させられる。そして十川さんは何か後ろめたいことを私に隠しているのだと薄々勘付いており、その事が更なる吐き気を催す。


 (十川さんが……私の知っている十川さんじゃないみたい。怖い……私は知ってはいけない重要な事を知ってしまったのかもしれない)


「翼さんここで隠れるんだ」

「はい……」


 私はゾンビがある程度離れた通路の適当な病室に連れて行かれて部屋に入れられる。けど十川さんは何故か一緒に入ろうとししなかった。


「十川さん……?」

「ごめん、僕は一緒に入れない。僕にはやらなきゃいけない事が地下室にあるんだ」

「や、やらなきゃいけないこと?」

「それは言えない、翼さんは私が戻ってくるまでここを出てはいけないよ。分かったね?」

「わ、私も……」


 私も一緒に行きたい。そう言おうとしたが途中で部屋のドアを閉められた事でその言葉が全て十川さんに届くことは無かった。もうドアの向こうには十川さんの気配は感じられなかった。


 向かったのだ……きっと地下室に。


「ヴォォォ!」


 (ひっ……!?)


 十川さんの後を追うように遥か後ろにいた

はずのゾンビ達が迫ってくる。私は間一髪声を出さずに済んだが、恐怖で腰に力が入らなくなってその場に腰をついて座り込んでしまった。


 (こ、怖いよ……十川さん戻ってきてよ……)


 私は一人になった事で、突然と寂しさが体中に襲ってきて、震えを抑えるために体を縮こませる。


 その後は我慢の時間だった。


 本当に十川さんは戻ってきてくれるのか?


 私はこのままいつまで生きてられるのか?


 私は見捨てられたのでは無いのか?


 もう嫌だ……誰か助けて……


 そう思い、少しドアを開けて外の様子を確認しようとする。


「ヴォォォ……」

「ひっ!?」


 今まで全く聞こえなかったゾンビの声がドアを開けると同時に聞こえてくる。その事に驚いて驚愕のあまり素っ頓狂な声を出して足を滑らせてしまう。その勢いでドアを想定以上に大きく開けてしまう。


「あっ……あぁ!」

「ヴォォォ!」

「嫌ぁぁ!来ないでぇ!」


 そんな時だった。私を助けてくれたあの人が現れたのは……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける @kimamani007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ