第24話

「むしゃむしゃ……」


 翼は俺が渡したプロテインバーと水が入ったペッドボトルを両手で持ちながらそれらを勢い良く口に運んでいく。


「おい」

「むしゃむしゃ……」

「……おい」


 食事に夢中になりすぎて俺の声が届いていないようだった。


 (こいつ……この距離で呼んでるのに聞こえねぇのか?)


 耳近くで呼んでいるのに全く反応した素振りを見せなかった。完全に自分の世界に入ってしまっている。


 翼はプロテインバーを全て口に咥えてそれを半分くらいの量まで消費して水で流し込む。


「ゴクゴクッぷはぁ!生き返りますぅ……」

「今死ぬか?」


 俺は至近距離でこの女の顔を覗き込みながら、苛立った顔を隠そうともせず顔全面に出す。


 食事がひと段落ついた所でようやく目の前にいる俺の存在に気付いたのか、みるみると顔が青ざめていく。


「ひぇっ!?し、死にたくないです!」

「じゃあ話を聞け」

「はい……」

「後、水はその一本で終わりだからな」

「えぇ!?そ、そんなぁ……もう後半分も残ってないですよぉ!」

「知らん。人の話を聞こうともしないからこうなるんだ」

「う、うぅ……」


 またしても目元に涙を込み上がらせる。さっきも散々泣いていたのにまだ涙が枯れていなかったようだ。いや……たった今補充したな。


「冗談だ。必要なら後でもう一本やる」

「本当ですか!?良かったぁ……」

「その代わり俺に従って貰うぞ」

「え……も、もしかして私のから……」

「まずいくつか質問に答えてもらう」

「え、あはい」


 そういう流れになってしまうのは男女で二人きりなのだからしょうがないのかもしれないが、人を助けるたびにこんなやり取りを繰り返すかと思うと酷く億劫になってしまう。


 この女も本当に驚いた顔をしている。男が誰もそういうことを求める訳では無いだろう。まぁ警察署にいたあいつもそういう行為に至ろうとしていたし……人間追い詰められたら何をしでかすか分からないか。


「まず一つ目の質問だ。さっき他に生存者がいると思うって言っていたがそう思うワケは何だ?」


 他に生存者がいると思うって言ったという事は、その考えに至る出来事があったはずだ。


「#十川__とがわ__#さんが……あ、十川さんっていうのはこの病院の医者の一人で、基本的に私が補佐として後ろに付いて仕事をしている上司の様な人です」

「ほう、生きてるってことかそいつが」

「はい、生きてる……と思います」


 妙に歯切れが悪いな……確かにこんな離れ離れの状況で隔離されていて生きているなんて自信持って言えないんだろうけどとてもそれだけじゃない気がするな。


「そう思う根拠は何だ?」

「実は……私が無事でいられているのは十川さんのおかげなんです」

「聞かせろ、何があったか」

「はい……」





「はい、これで診察は終わりですよ」

「わぁーい!ありがとうおじさん!」

「こらこら、私はまだそんな年齢じゃないよ」


 診察が終わって診察室を親と一緒に出ていく子供。私はその親子が診察室を出た所で気を緩める。


「ふぅ……お疲れ様です十川さん」


 私は近くに置いてあったペットボトルの水を疲れているであろう十川さんに渡す。


「ありがとうございます翼さん」


 それを受け取り、水分を体の中に流し込む十川さん。


「もうすぐ17時ですね……あと一組で終わりなので最後まで気を緩めずに頑張りましょう!えいえいおぅー!」

「あはは、本当に翼さんは元気だねぇ」

「勿論!私にできるのは応援することくらいですから!」


 そう、あくまで仕事のサポートしかできない私は十川さんの体調面やコンディションをしっかり管理しなければならない。十川さんが私の応援で元気になるならそれをやらない手はない。


「翼さんの応援は元気になるよ。あと一組も気を引き締めて診察しますか」

「はい!その意気です!」

「じゃあ次の人はカワシマさんだから呼んできてもらっていいですか?」

「はい!お任せください!」


 私はこの仕事が好きだ。特に子供相手の時の私は自信がある。大抵の子供は診察となると嫌な印象があって怖がってしまう。私はそんな子供の緊張をほぐすのが得意なのだ。


 私は自分で言うのも変だと思うけど、ホワホワしてて天然タイプで元気が取り柄な人間だと思う。天真爛漫だとよく皆から言われるからそうなんだと思う。そんな自分の性格を私は好きだ。その性格のおかげで子供に優しく接する事ができて、緊張をほぐす事ができるのだ。


 辛くて怒られることもいっぱいあるけどやりがいは十分にある。それは十川さんが私の上司だからという理由もある。十川さんは私の応援を本当に嬉しそうに受け取ってくれる。それが私にとっては嬉しいことだ。


 だからこの仕事を頑張っていける。今日も終わりが近づいているけど、自分にできる事を最後まで精一杯やろうと思う。


「カワシマさーん!こちらどうぞー!」

「はーい」






「今日もありがとうございます十川さん」

「いえいえ、これが仕事ですから。タクミ君も早く友達と外で遊びたいんだったらちゃんと家で安静にしておくんだよ?」

「わかったー」

「こらタクミ!分かりましたでしょ!」

「わかりましたー」

「まったく……」

「あはは、子供らしくて可愛らしいと思いますよ僕は」


 そう言って親子共々お辞儀をして診察室を後にしようとする。


「タクミ君またね!」

「うん!じゃーね翼っ!」

「翼さんでしょう!」

「あはっ、私は全然構わないですよ~」


 本当に可愛いな子供は。不謹慎かも知れないけど熱で弱っている子供はいつもはしゃいでいる様子とのギャップでより可愛らしく思ってしまう。


 けど子供は元気よく外で遊んでいる方が良いと思うので早く治ってほしいとも思う。


 (タクミ君!絶対安静だよ!)


 心の中でそう呟く。心の中ではなく直接言えばいいと思うだろうけど、タクミ君はやればできる子だ。わざわざ二回言われなくてもできるだろうと思ったので口にしなかった。常連さんでもあるのでこういう時は信頼関係で敢えて言わないのも一つのテクなのだ。


「あれ?どうしたのタクミ君」


 私は診察室のドアを開けて中々外に出ようとしないタクミ君に少し違和感を感じる。タクミ君だけならまだしもタクミ君のお母さんもタクミ君同様にドアの前で固まっていた。


「カワシマさん?」


 十川さんもさすがに不思議に思ったのか私と同じ緊張した面持ちでそう尋ねる。


「翼……」

「?どうしたのかなタクミ君?」

「ヒーローってピンチの時に助けに来てくれるんだよね?」

「え、そ、そうだよ!タクミ君の方がよく知ってるでしょう?」


 突然ヒーローの話を持ち出され少し困惑してしまう。


「じゃあさ……ヒーロー後どれくらいで来てくれるの?」

「ど、どういう事?」


 私はさすがに只ならぬ状況だという事雰囲気で感じ取り、妙な汗が頬を伝わる。二人ともドアの前で以前固まったままであったが、タクミ君のお母さんの手が微かに震えているのを私は見つける。


 ドアの先の向こうに二人をそうさせるほどの出来事が起きているのだろうと予想する。


「い、一体何が……」

「ねぇ翼!ヒーローは……」


 後ろを向いて私の事を見ながら、言葉を言い切る前にドアの向こうの狂気の正体が突然現れた。


「ヴォォォ!」


 その何体もいる人型の怪物は二人を襲い集団に飲み込まれてしまう。


 人型の怪物は二人を襲った後、何かを貪るように膝をついて没頭しているようだった。


「嘘……何これ」


 ある赤い液体が音を立てて私に振りかかる。私の頬についた液体を手で試しに拭ってみる。


 それはやはり真っ赤な液体であった。この仕事ではもう見慣れたその真っ赤な液体は……


「血……?」


 そこで気がつく。目の前にいる生物が今何をしているのかを……。


 人を喰っていたのだ。その人間の肉に夢中になって私達に目もくれず貪るように……。


「い、いや……」

「はっ!ダメだ!翼さん!」


 十川さんが今から私がしようとしている行動に気が付き、制止の声を掛けるがとても止める事は出来そうになかった。


 だって……こんなのを見せられて落ち着いていられるわけが無い。


「い、いやぁぁぁぁ!」

「ヴォォォ……!!」

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