第2章 病院編

第21話

「何するか……」


 俺は黒藤冬夜大学三年生で歳は21。


 今俺は自分の部屋で疲れた体を癒すためにベッドに横たわっていた。


「はぁ……面倒くさい世界だな……」


 知っての通りこの世界はいつの間にかゾンビに支配されており、人間は絶滅寸前という事態である。


 そんな世界で俺は早速ゾンビに噛まれて人生が終わるかと思いきや、ゾンビになる事は無く、さらには何とゾンビに襲われない体質まで手にしてしまった。


 そんな幸運が巡ったことで俺は一人だけ安全圏で誰にもバレずゾンビのように振る舞って生きようと思った。


 しかし……俺の現在までの出来事を振り返ってみると、描いていたプランとは全く異なっていた。


 最初は暇つぶしに人助けをしてみることにした。本当にただの暇つぶし……そこには多少の打算はあったが普段の生活に飽きていたことが大きな要因であることは間違いない。


 そんな事を始め出してしまったからだろう……こんな面倒くさい事件の数々に巻き込まれるようになったのは。


 鈴宮奏。この女に出会ってから俺は自分の弱さについて知ってしまった。


 それは俺が見捨てることができない弱い人間だということ。


 だから奏を助けてしまった。自分の正体をバラしてはいけないと分かっていながらも。


 そして奏と一夜を共にした。出会ったその日に同じ部屋で寝るなんて俺の人生を振り返っても一度も無かった。


 そんな男の憧れとも言えるシチュエーションをまさかこんなゾンビの世界で体験できるとは思わなかった。


 そして、拠点を探すために警察署へ向かう。無線通信機で拠点の場所を掴むためだ。


 無線通信機はすぐに見つかったがその建物内で問題が起きた。ロッカーに隠れていた人間に俺は撃たれてしまったのだ。


 自分の正体を隠すためにゾンビのフリをしたのが仇になったということだ。あのまま俺は死ぬかもと思ったが奏が俺を手当てしてくれて何とか回復することに成功した。


 だから奏には感謝をしてもしきれない。


 いつかちゃんと恩を返せたらと思っていた矢先に奏から告げられたのは……


「冬夜のことが好き」


 生まれて初めての告白。


「私と一緒に来て欲しい」


 自分のそばにいて欲しいという提案。


 俺はその告白と提案を受けてしばらくの間言葉を失っていた。


 それは仕方のない事だと思う。生まれて初めての女からの告白もそうだが、俺が何故正体を明かさないかの理由を奏に伝えた上でこの提案。勿論俺の言葉を忘れたわけではないのだと短い間の関係だが理解している。


 俺は奏のこと嫌いでは無いと同時に信用もできると思う。俺のことを助けてくれてというのもあるし、俺の名前を未だに呼び続けていてくれる奏に対してもはや、利害関係と呼ぶことができるほど自分は薄情で狡猾な人間では無い。


 だからできればその恩に報いたいし、きっと何かしらの考えがあって俺を誘ってくれているのだと思う。


 しかし……


「それは……できない」

「……そっか、そうだよね……」

「すまない奏」

「ううん、謝らないで。冬夜の気持ちも分かっているつもりだから」


 やはり俺は人間といるべきでは無いのだ。それはあの警察官の人間を殺すためにゾンビを利用した瞬間に改めて思った。


 俺の力は危険すぎる。大きな武器となるかもしれないが、同時に劇薬にもなる。


 力だけではない、俺の人間性もだ。果たしてこの力を持って俺は正常でいられるのだろうか?やろうと思えばこの世界を征服することだって可能な力だ。別に征服などやるつもりは無いが……他の人間がどう思うかは分からない。


 だから俺は俺の力についてよく研究するべきなんだ。今のままでは不確定要素が多すぎる。この力を持つ自分を正しく認識していかなければならない。


 それができるまでは人間の拠点に混ざるのは良く無い気がした。下手をすれば全滅を早める劇薬に俺がなるかもしれないから……。


「冬夜は……やっぱり優しい」

「お、俺がか?」

「うん……自分のことだけでも大変なのに周りのことをちゃんと考えてくれている」


 それは違う。俺は他の人間よりも大変だとは思っていない。むしろ疎まれるような存在だ。だからこそ慎重に行動していかなければいけない。じゃないとまた俺は死に急ぐ羽目になる……俺にとって恐ろしいのはゾンビでは無く人間なのだから。


「私行くね」

「一人で平気なのか?」

「うん、もう大丈夫。安心して私を見送って」

「そ、そうか……」


 奏を送り届けた後どうするか。俺はまだ考えがまとまっていなかった。具体的に自分にどう向き合っていくか、自分の力をどうやって知っていくか。


 俺は先に進むための一歩が分からなかった。


「冬夜」

「ん?」

「チュッ」

「なぁっ!?」

「えへ」


 奏が俺のほっぺにキスをしてきた……。キスをした後の奏の顔はほんのりと赤かったが、その顔はしてやったりという笑みを浮かべていた。


「告白の返事はまた会う時にもらうね」

「そういえば俺告白されてたんだ……」

「むぅ聞いてなかったの?」

「い、いや何か信じられなくてだな……」

「本当にそれだけ?嫌ではない?」

「べ、別に嫌ではないが……」


 俺は若干キョドリながらも素直に応えることにした。


 奏は俺の返答を聞いて少し驚いた後、体を屈ませて上目遣いで俺を見た。


「嬉しい」

「っ!?」


 (か、可愛い……じゃねーか)


 俺は今初めてはっきりと奏を可愛いと思ったかもしれない。そう考えると俺は昨日よく平然と一緒にいられたと感心する。


「じゃあまた絶対会おうね」

「あ、あぁ……一人で平気か?」

「うん。冬夜にこれ以上頼るのは悪いよ」

「い、いや……そんなことは……」


 俺は最後まで責任を果たすと誓った。ならここで奏と別れるのは中途半端に繋がるのでは無いかと思い、せめて拠点の前まで送ろうと思った。


「ううん、それじゃ生存者の人に不審がられちゃうかもでしょ?私が一人で拠点まで行くのが冬夜という存在を隠すためには必要よ」

「そ、それはそうなんだがな……」


 勿論そのリスクは理解していた。俺が手を貸せば恐らくその拠点までは苦労することなく辿り着けるだろう。そのために俺がゾンビを通り道から掃けさせる必要がある。


 拠点に近づけば近づくほどその様子を生存者に見つかりやすくなる。見つからないにしても一時的にゾンビが道から消えるのだ。どうしても不可思議な痕跡は残ってしまう。


 俺が協力するということはそのリスクを背負うこと。さらに、奏が無事に拠点に辿り着いても疑われてしまうだろう。


 ならこの場合疑う余地を残さないために、俺は手を貸すべきで無いのだ。あくまで、奏の手で拠点まで辿り着くべきなのである。


 だが……


「奏が生きて辿り着ける保証が無い……」

「冬夜……」


 奏が死ぬリスクに比べれば俺のリスクなど全て無いに等しい。


 (俺も奏に少し愛着が湧いてしまったのかもしれないな……以前までだったらこんなこと思わなかったのに)


「冬夜、私を信じて」

「……せめて途中まででも」


 奏は少し悲しそうな顔をする。分かっている、俺がしようとしている行動は過保護となるものだ。奏を信じきれていない証拠でもある。奏にとってそれは悔しさが大きいだろう。


 これは俺のわがままなのだ。だが……奏の悲しそうな顔を俺は直視続けることができなかった。ここで奏を信じて送り届けなければ奏の成長に繋がらず、俺達の信頼が揺らぐと感じた。


 俺のしようとしている行動は奏を否定してしまっている。奏は俺のものでは無いのだ。俺はただおこがましい事をしていることに気がつく。


「……分かった。奏を信じる」

「! ありがとう冬夜!」

「ああ……だがせめてこれからどうやって拠点に行こうとしているのか聞かせてくれ」

「勿論よ!」


 俺は奏の話を聞いた。そしてできる限り生存確率を上げられるように自分の知識を活かして意見を伝えた。


 その一時間にも渡る議論は終わり、俺と奏はここで別れることになった。


 

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