第5.5話 藤原朝美その後
「はぁっ……はぁ……もう来てないかな?」
私はゾンビ達から逃げ、バイト先からだいぶ離れた高速道路付近まで来ていた。
ゾンビ達も最初は追ってきたものの、動きが鈍く意外とあっさり置き去りにすることができた。そのおかげもあって私はまだ奇跡的に生き残ることができている。
「はぁ……はぁ……、朝美ちゃんっ待ってよ」
訂正する、私ではなく私達。けど私はこの男に付き纏われているだけ。本来なら私一人で逃げたかった。
私はこの男にされた事を絶対忘れない。ゾンビに囲まれた密室的な状況で無理矢理私を襲おうとした事を……。
あの人が……黒藤冬夜さんが助けに来てくれなかったら今頃私はこの男に犯されていただろう。
何で今も私の隣に平然といられるのが分からない。この男はまだ私が好意を持っているとでも思っているのだろうか?そんな訳がない、もはや私のこの男に対する印象はマイナスを通り越して最悪だ。
「何で待たないといけないんですか?私は一人で逃げたいんですけど……」
「なっ!?どうしちゃったんだ朝美ちゃん!そんな酷いこと言う子じゃなかっただろ?」
どうしちゃった……?そんな酷いこと言う子じゃない……?
一体私の何を知ってそんな薄っぺらい発言をしているのだろうか?
「もしかしてさっき私にしたこと忘れたんですか?」
「あ、あれは……僕も気が動転してたんだよ。本当に申し訳ない……許して欲しい」
「先輩……」
申し訳ないです私は先輩を絶対に許さない。本当なら意地でも突き放したい所だが、相手は男。しかも私はそれなりに食糧が入っていて重い荷物を背負っている。そのため走っている時に速さは出ず、体力の消費も大きい。
逃げるにしても分が悪い。だから逃げられないなら上手く協力するほかないと考えた。
「はぁ……分かりました。けど二度とあのような事はしないでください」
「! あ、あぁ……勿論だ。やっぱり優しいね朝美ちゃんは……」
「勘違いしないでください。私は男手が必要だと思って一緒に行動しているだけで、それ以外の感情は先輩に抱いてませんから」
「そ、そうだよね……それは仕方ないよ!また……惚れてもらえるよう頑張るだけさ」
「……は?」
"また惚れてもらえるよう"?
私は耳を疑った。それは私がこの男に惚れていたのだと本気で思っていたことに心底呆れたのと、私を惚れさせることができると思っているその自信にこれまで無いほどの怒りが湧き上がる。
私の身体と心は全てあの人のものだから。だから先輩に付け入る隙なんて微塵も無い。
「私冬夜さんしか眼中に無いですから」
「冬夜……?あ、あのカッコつけて死んだ奴か?」
「先輩にはそう見えるんですね」
「さすがにあの状況で生き残れる訳ないだろ?」
「そうですか?私は生きてるって確信してますよ」
冬夜さんは絶対に生きてる。あの人のことはまだ全然知らないけど……私が人生で初めて感じた白馬の王子様のような人だから、そんな私の運命の人があんな状況で死ぬ訳がない。
(感じる……冬夜さんを……)
私は冬夜さんが帰ってきた時のために居場所を作ってあげないといけない。待つことができるのが将来の妻としての余裕。
冬夜さんは必ず私のところへ戻ってくる。
私は冬夜さんのもの。
冬夜さんに襲われるなら全てを捧げる……。
「あぁ……冬夜さん……」
「あ、朝美ちゃん?」
冬夜さんの素晴らしさを理解できないこの男は生きている価値なんて無い。だから無価値な先輩を……利用できるだけ利用してあげる。
「これからもよろしくお願いしますね先輩」
「も、勿論!どんどん俺を頼ってくれ!」
「はい!」
冬夜さんはどんな女性が好みなのだろうか?今の私を見て興奮してくれるだろうか?このチョロい男は見るからに顔を赤くしているけど……参考には全くできなそう。
私と先輩はしばらく歩道を歩いていると目の前に、大きなホテル前の入り口付近に立っている男性二人を見つける。
「生存者……でしょうか?」
「絶対そうだって!行こう!」
先輩は私にペースを合わせることなく先へ走って行ってしまう。所詮この程度の男だ……別に失望など今更するはずもない。
私は自分のペースでゆっくりとその男性二人がいるホテルに近づく。
そこで私が来たことに気づいた男性二人のうち一人が……
「……ん?この女か?お前が言ってるのは」
その質問の対象はどうやら私ではなく私を置いて先に行った先輩だった。
「そうだよ!このリュックの中には大量の食料も入っているぞ!」
「ほう……」
そしてまるで自分の物のように食糧のことについてペラペラと自慢するように話す。冬夜さんという素敵な男性を知ってからこの男の稚拙さがどんどん見えてくる……よくモテると聞くけどこんな男の何が良いのだろうか?
「いいぜ歓迎するぞ俺たちの拠点に」
「本当か!?良かったね……朝美ちゃん」
「……」
(だからそんな勝ち誇ったような顔はやめて欲しい……貴方の功績なんて何一つ無いんだから)
そう思っているとホテルの入り口から誰かがドアを開けて出てくる。
それは如何にもチャラそうで先輩同様中身が薄っぺらそうな男性であった。
「……客人か?おおっ!めっちゃでけぇリュック背負ってるじゃん!それもしかして食いもん?」
姿を現して早々私の背負ってるリュックに目が行く。そしてまたこの男も食糧に目を光らす。余程食糧に飢えているのだろうか?
気持ちは分かるけどその態度はあからさま過ぎて少し引く。この食糧は冬夜さんに貰ったものであると同時に預かり物でもある。生きるために使って良いとは言えど、簡単に渡していい物ではなかった。
しかもここの人達は人をどこか軽視している気がした。そんな人達に食糧を簡単に渡して良いとは思えなかった。
「は、はいそうですけど……貴方は?」
「俺か?俺は渋秋隆史だ、このアキヤマホテルの幹部の一人を任されている。よろしくな」
「そうですか……けど私はまだ……」
この地域一帯はゾンビの気配が無い。ならわざわざ食糧を明け渡してまでこのホテルに居座る必要が無いと思ったので私は断ろうと考えた。
しかし私の考えを見透かしたのか、目の前の男は小さく笑う。
「なぁ何でここ一帯にゾンビがいないか分かるか?」
「何でなんですか?」
「それはな……」
そう言いながら男はドアの横にある白い壁に手のひらを添える。私は何をしようとしているのか見当もつかず頭を傾げてしまう。
そんな私の挙動を見ても尚笑みを止めない男は、衝撃的な光景を私に見せる。
「俺がゾンビ共をこの力で蹴散らしたからだ」
「え?」
何と男が手を添えていた壁が、手のひら中心にして壁にヒビが入ったのだ。それも数センチでは無い……1メートルほどの範囲までヒビが広がっていた。
「なっ!?」
数センチならたまたまボロかったからと理由がつくが1メートルのヒビはもはや理解不能であった。
「こういうことだ……俺はこの力でこの一帯のゾンビを絶滅させたんだよ」
「そ、そんな……あり得ない」
人間にそこまでの力が出せる訳がない。デタラメだと思いたかったが……今さっき見せられた光景が脳に焼きついたままで離れなかった。
目の前にある大きなヒビがその力の証明であったから。
「さぁ……歓迎するぜお嬢さん」
「……よろしくお願いします」
逆らえば何をされるか分からない。そんな空気をこの男は漂わせていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます