第19.5話 特別な人

「寝ちゃったわね……」


 でもそれは仕方の無いこと、冬夜はさっきまで銃に撃たれて瀕死状態だったのだ、それを応急処置を済ました程度で元通りなるわけが無い。


 普通は貧血による眩暈や傷口の痛みにより立てないのだ。けど冬夜は立ち上がった、他でも無い私の為に……。


「どうして……なんだろう」


 どうしてここまで私を見捨て無いでいてくれるのだろう。


 どうして私が本当にピンチになった時に助けてくれるのだろう。


「傷の手当てをしたから?ただそれだけで?」


 冬夜はその事に関して感謝をしていた。私の方が何倍も与えて貰っているのに、たった一回手当てをしただけで真剣な表情で感謝をしていた。


 それに……私がやるべきだったことを冬夜は代わりにしてくれた。


「私は拳銃という武器を持っていたのに……まるで無力だった」


 あの時下で冬夜から預かった拳銃。それは今私の後ろポケットに入っていた。あくまでゾンビが来た時のための護身用として渡されていたけど、私は全く撃てる気がしなかった。


 あのまま冬夜の助けが入らなかったら私はあの男に……なす術もなく犯されていただろう。きっと女性としての尊厳は打ち砕かれ、生きる気力を無くしていた。自分から自殺を選ぶ選択をしていたと今でも思う。


 (あの男が何もして来ないと無警戒で居たのが悪かった……私は男性に対して苦手意識があったのにも関わらず……)


 きっと男性への警戒心が薄れてしまったのは冬夜の影響が大きかったと思う。冬夜といると男性と居るとは思えないくらいに安心できた。


 真剣に私の事を考えてくれていて、何も利益を生み出さない私を受け入れてくれた。


 そしてそんな優しい冬夜に人殺し紛いのことをさせてしまった。


 ロッカーで聞いてたあの呻き声と男の悲鳴。その現場を見ることはできなかったが、何となく想像はできる。


 あの化物がいる部屋のドアを開けたのはそのせいだ。あの体ではまともに力が出せないと判断して、化物を解放した。


 男を止める為ではなく殺すために……。


 果たして冬夜はその選択を後悔していないのだろうか。人が目の前で死ぬのは堪えられないと言っていた冬夜は、自分の決断によって人が死んだのを何も感じないだろうか?


 苦しかったはずだ。冬夜だったら自分が殺したと思い込んでしまうかもしれないと思った。


 悪いのは私なのに……拳銃を持たされていたのにまともに扱えず、男に抵抗することもできず冬夜に一番辛い決断をさせてしまった私が悪いに決まっている。


「ごめんね……冬夜」


 私は胸の中で眠っている冬夜をギュッと強く抱きしめる。


 (あっ……心臓の鼓動が私の体に伝わってくる。それに……冬夜の体……温かい)


 私すごいドキドキしてる……。冬夜と体をくっつけている時は特に。


「さ、さすがにこれ以上抱きついてるとまずいわよね?」


 寝たら中々起きない冬夜だが、いつ起きるか分からないためこれ以上抱きついてるのはまずい気がした。


 (それにずっと抱きついてたくなっちゃう……)


 私は冬夜から名残惜しそうに冬夜から体を離し、寝やすいように膝に冬夜の頭を乗せて寝かせる。


 いわゆる膝枕というやつだ。


「冬夜起きたら喜んでくれるかしら……?」


 男性はこういう事すると喜ぶと聞いた事があるのだけれど……少し不安。脚の細さも私の良いところではあるけど、寝る分には固くて寝心地が良く無いかもしれない。


 私は不安になりつつ冬夜の寝顔を上から覗く。冬夜の顔は心無しかとても気持ち良さそうだった。


「私の膝枕のおかげ……では無いか。さすがにそれは自惚れすぎよね……」


 私はそう言いながら冬夜の頭を撫でる。毛流れを整えるように優しく丁寧に撫でていると……


「んん~」

「ふふっ、これは気持ち良さそう」


 頭を撫でていると寝ている顔の表情がが少し柔らかくなった気がした。私はその表情で冬夜にとって頭を撫でられるのは気持ちが良い行為なのだと思った。


「こうみると……意外と可愛いかも?」


 普段の気丈な姿からは見られない可愛い寝顔。私はその普段の姿からのギャップに病みつきになりそうであった。


「ずっと撫でてようかしら……」


 さすがにそれは怒られるかも?けど寝ている間だけなら撫でても……


「奏ぇ……」

「!?」


 (え、起きてる!?嘘……もしかして全部聞かれてた?)


「奏ぇ……むにゃむにゃ……」

「寝言か……」


 聞かれなくて良かったと思い安堵した。


 (でも……夢の中でも私の事を考えてくれているって思うとちょっと嬉しいかも)


「奏は……俺が最後まで責任持って、送り……届けないと」

「冬夜……」


 冬夜は自分の感情を私に中々打ち明けてくれない。それは知り合ってから日が浅いというのもあるが、単純に信頼されていないからだと思っていた。


 そして寝言を通して初めて知る。冬夜が私に対して思っていた事を。


「責任って何よ……冬夜が責任感じるほど私って弱い存在なの?」


 私を化物から助けてしまったから……助けてしまったから中途半端で無責任に投げ出す事を冬夜は良しとしなかったなのだろう。


 (冬夜が責任を感じる必要なんて無いのに……)


 でもそこが冬夜の良いところでもあるし……むしろ好きなところだ。自分の発言に責任を持っていて芯がある人間。途中で投げ出す事を許さないブレない心。


 そんな冬夜を私は……


「ねぇ……私についてきて欲しいって言ったら冬夜はどうする……?」


 返答は無い。寝ているから当然だ。しかし答えは私の中で分かっていた。


 冬夜は……

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