第11話

「どうなのよ……?」

「はぁ……答える義理は無いが答えてやる。ただし条件付きだがな」

「じょ、条件……?貴方やっぱり……」


 俺が条件という言葉を口に出すと、それを勘違いしたのか両腕を身体を守るように交錯させて抱える。


 ほんのりと顔が赤くなっている気もした。というか明らかに警戒体制に入っている為よからぬ勘違いというのは確かだ。


 (こいつすぐにそういう方向に持ってくよな……)


 俺はこいつを襲うほど飢えている訳ではないし、そういうのに期待するのもとうの昔に止めているのだ。


「俺の秘密を他の奴にバラさない事。これが条件だ、まだ後もう一つあるけどな」

「そ、それが条件……なの?何だ……え、でも後もう一つってやっぱり……!」


 俺は付き合ってられなくなり、さっさと条件を口にしてそのめんどくさい勘違いを解消させようとした。


「後もう一つはお前が生存者達のリーダーになって周りを引っ張れ」

「え……?」


 想像していた条件とは全く違った条件で、拍子抜けた様な反応をして安心した様に「ふぅ……」と息を吐く。


 安心したのも束の間、今度は俺の出した条件にイマイチ理解が追いついていない様だった。


「リーダーって何よそれ……?」

「その言葉通りだ。お前は人間が安全に暮らしてあげる拠点を作り上げるんだ」

「!?そんなのできる訳ないじゃない!」

「はぁ……いきなり言われてもそういう反応になるよなぁ……」

「そうよっ!何でいきなり……」


 いきなりだけど仕方のない事だ。お前を助けてしまった以上俺は自分の秘密を守る為に、そして俺という異質な存在が安全に生きていける様な場所作りをしてもらう必要があった。


 しかし確かにこれはいきなり言われてできる簡単な事じゃない。俺の秘密さえ守ってくれたら俺の安全は外で保障される。


 例えバラされたとしても信じる人間はいないだろうが、妙な噂を流されるのも俺が今後生存者の拠点に加わる時に多少の弊害はあるかも知れない。


 少なくとも俺はこの女が俺の秘密をバラす様な人間に見えない。仮にバラされたらそれはこの女を助けた自分自身を恨むだけだ。


「まぁ最悪この二つ目の条件は守らなくてもいい。俺の秘密さえ漏らさなければいい、どうだ守れるか?」

「そんな事でいいなら……約束するわ」


 余計な事は口にしないで約束するって言ってくれた。その力強い眼を見て、俺は自分に多少の自信をつけさせる。


「なら交渉は成立だ。俺が何でお前を助けたかだよな?」

「ちょっと待って。私をお前呼ばわりしないで、しっかり名前で呼んで」


 話を続けようとする俺の口を掌で制す。そしてまさかの名前呼びをしろと申し立ててきた。一体どういう風の吹き回しだろうか……?


 いやてか……


「俺お前の名前知らないし……」

「は?同じ大学でしょ?私それなりに美人で話題に上がると思うんだけど?」


 (こいつの自信は一体どこから湧いて来るんだよ……美人なのは認めるけどな……)


「話題に上がんねーよ、俺友達とかいないし」

「え……あ、それはごめん……」

「いや、別に……」


 とても申し訳なさそうな顔をして謝罪をされてしまい、辛気臭い空気が部屋中に広がり静かで重い間ができる。


 (この話で謝罪でされるのが逆に心に来るのが分からないのだろうか……)


 いつまで経ってもこの空気のままでは話が始まらないと思い、「コホンッ」と喉を鳴らし辛気臭い空気を変える。


「まぁそういう事だから俺が名前を知らないのは当然だ。というか名前で呼ぶ必要なんて無いだろ、短い付き合いなんだし」

「お前って呼ばれて気分が良いわけ……え、短い付き合い?」


 短い付き合いという単語に強い関心を寄せられる。長い付き合いになるとでも思ったのか、かなり驚いた顔をしていた。


「そりゃそうだろ。生存者の拠点を見つけたら適当に食糧見繕ったリュックを渡して送り届けたらおさらばなんだから……」

「そ、そう……よね……」


 残念そうな顔をしていると思うのは気のせいだろうか?うん、気のせいだろう。


 俺の嫌われようを見れば、俺と二人この部屋で一夜を共にするのは相当に嫌だろうしな。


「で、俺が助けた理由だったな?」

「……うん」


 少々反応が鈍いとは思ったが気にせず話を進める。


「俺の目の前で人が死ぬのが耐えられなかったからだ、単にそれだけだ」

「……」


 俺の答えを聞いたが、特に驚く事はなく俺の目を真っ直ぐ見つめるだけだった。


「案外普通の理由だと思ったか?そりゃそうだろ、俺が化物みたいな体質でも感情までも化物になることは無い」

「そうよね……誰だって人が死ぬのは堪えるわよね……」

「俺の目の前以外なら別にいくら死んでもらっても構わないけどな」

「最低」


 俺のクズな発言に若干眼を細める。


「そっちだってニュースとかで知らない奴がどこで死んでも何とも思わないだろ?」

「それとこれとは話が別だし、知らない人が死んでもそれをどうでも良いなんて私は思わないわ。知っている人が死んだって聞いたら尚のこと悲しむわ」

「ふーん……いい奴なんだな」

「止めて、こんなことで良い奴だなんて思われたく無いわ」


 (褒めても機嫌悪くするなら俺は一体どうコミュニケーション取れば良いんだ……)


 やはり女子の扱いは難しいと思う俺であった。まぁこいつは普通の女子とは一線画すけどな。


「ま、そういう事だ。理由は分かったな?」

「……私だから、じゃないのね……」

「は?何だ聞こえねーよ」

「聞こえなくて結構。耳が悪くて助かるわ」

「そすか」


 そう言って見栄を張っているが、機嫌があまりよろしくないのは確かだ。しかし機嫌取りなどできるキャラではないので無視する。


「これからする事は生存者の拠点を探す事。直接見つけるのは難しいだろうから無線機通信とかで教えて貰うしかないな。それまでは俺の家に我慢して居てもらうぞ、別に勝手にどこかへ行ってもいいけど」

「い、行けるわけ無いじゃない……」

「あ、最悪隣の部屋とか空いてると思うぞ?血の跡とかありそうだけど」

「そんな環境で眠れる訳ないわよっ!バカにしてるの……?」


 キッと鋭い目つきで睨まれる。


 (やっぱダメか……俺一人で寝たいんだけど)


「じゃあこの部屋で寝ろ。俺は別の部屋で寝るから」


 それなら文句は無いだろうと思った。ガラスは多少散らばってるが食糧はあるし娯楽品もある。ベッドは……臭くなければ血もついていないし基本的に寝やすいだろう。


 俺にはデメリットの方が多いが、こいつと寝て警戒される方が遥かに寝付けにくい。


 しかし目の前の女の表情はまだ晴れていなかった。


「……嫌」

「は?」

「嫌に決まってるでしょう!?こんないつ化物が襲って来るか分からない状況で一人で寝ろだなんてっ!貴方は私をただの口が悪いロボットとでも思っているの?」

「口が悪いのは分かってんのかい……」

「男性が苦手だから……つい酷い事を言ってしまうのよ……」


 後半から段々と声が小さくなってあまり聞き取れなかったが、しょんぼりしているのは俺にも分かった。


 (やっぱりこいつゾンビのことになると可愛げあるんだよな……)


 しかし困った。ならこの部屋を共に一夜を過ごさなければいけないのか……あまりにも億劫になる話だ。


 何が嫌かって居た堪れない空気も嫌だが床に敷く布団無いんだよな……。


 それこそ隣から布団を調達するべきかと思った。


 あーめんどくさい……。


「はぁ……分かったよ。じゃあお前は俺のベッドで寝ろ、俺は隣から布団調達して床で寝るから」

「い、いいの?」

「良いって言ってんだろう、その代わり寝る時文句とか言うなよ?こっちはかなり譲歩してやってんだから」

「さ、さすがにそんな事は……しないと思う……」


 これは何かしら言いそうだな……。まぁ良いや、それくらい我慢すれば。


 もはや話すのも疲れた、こんなに人と話すのも本当にいつぶりだろうか?


 正直ここまで話してて気分はそこまで悪く無かった。気分悪くなりそうな言葉は受け続けているはずなのに。


 (人と話すのって良いんだ……)


 俺はその喜びを噛み締めていた。


「あ、後少し遅くなってしまったけれど……」

「?」

「助けてくれて感謝するわ。本当にありがとう」


 わざわざ立ち上がり深々と頭を下げて感謝の言葉を口にした。俺はその行動に戸惑いいつつその感謝の受け取り方に困って照れを隠す様に言葉を口にする。


「べ、別に……さっきも言っただろう。目の前で死なれるのは気分が悪いし、相手が誰であろうと同じことをした。しかもこの体質だからな、難しく無いし感謝をされても困る」

 

 "誰でも"というのは嘘だ。信用するに値すると感じだからこそ助けるという選択ができたのだが、それを言う事はない。


「それでも……ありがとう」

「……」


 見た事ない嘘の様な優しい顔をされて俺は眼を見れず顔から視線を外す。


 するとふとこいつの名前をどこかで聞き覚えていたのを思い出す。確か大学でチャラそうな男がこいつの名前を呼んでいたよな?


 確か……


「……奏」

「え?」

「確か……奏だったよな?名前。お前って呼ばれるの嫌なら奏って呼ぶ事にするから」

「え……それは、うんいいけど……」

「じゃあ適当に隣の部屋覗いて布団見つけて来るから」

「わ、分かったわ……」

「じゃ行ってくる」

「……」


 (名前呼ばれたくらいで顔赤くすんなって……)


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