第6話

「確かここだよな……」


 俺は目的地であるレンタルショップのドア前まで辿り着くことができた。


 ここにまだ生存者がいるのなら……俺のやることはさっきと一緒だ。


「ゾンビはしっかりと隅っこへ配置させておいた。手順は先程と一緒だ」


 「ふぅ……」としっかり深呼吸を3回ほど繰り返した所で、俺はドアを叩く。


「行くぞ……おい生きている人間はいるか!?今なら……ってあれ?ドア開くじゃん」


 緊急性を表すためにドアノブも激しく捻ろうと思っていたのだが、ドアに鍵は掛かっておらず簡単にドアは開いた。


 嫌な予感がし、俺はゆっくりとドアを開いて中の様子を確かめる。


「……誰もいないな。血の跡があるしこれは一足遅かったようだな」


 やはり中の人間は既にゾンビに襲われてしまったようだ。

 

 もしかしたら何人かは逃げ切っているかもしれないが……いやそれはかなり難しいだろう。このレンタルショップのフロアははそこまで広くない、外に出た瞬間にその音に群がったゾンビが逃げ場を塞いで一瞬で人間を囲うだろう……。


 だから確率はほぼ0だ。


「何だ無駄足だったか……」


 俺は無駄な労力を働かせて後悔する。


 まあ運動だと思えば多少は気が楽かな……。


 最初の時にあの作戦を思いついていれば救えたかもしれないな……だが今そんなことを考えても仕方がない。俺にもリスクが伴うことだ、救う義理も義務も無い。暇つぶしの一環でしかないのだ。


「帰るついでにトイレでしょんべんして来るか」


 俺は部屋の外を出て右にある男子トイレに入る。


 思えば今日はしっかりと先行投資のための成果を出すことができた。このレンタルショップでは成果を出すことはかなわなかったが、別に俺に大した支障はないのだ。なら落ち込むことは無い、プラスマイナスで言えば断然プラスの出来だと言えるのだから。


 なので俺は上機嫌でしょんべんをする。


「ふーんふふん♪」


 上機嫌の証拠として無意識に鼻歌も歌ってしまう。きっとこの世界で呑気に鼻歌を歌いながらしょんべんをするのは俺くらいだろう……俺だけの特権だ。


 ジョロロロ……


「誰かいるの……?」

「!?」


 真後ろから女の声がして俺は反射的に振り返る。しかし目の前には誰の姿もない……ということは個室の中らしい。


 (いやいや何で男子トイレの個室に閉じこもってんだ……?)


「ねぇ、誰かいるんでしょ?応えてっ!」


 誰か生きている人間がいることを確信しているようで、外に声が漏れないようになるべく強く声を発していた。


 そりゃ鼻歌歌いながらしょんべんをするなんてゾンビにできる芸当ではないからバレるのは当たり前か……。くそっ調子に乗りすぎて警戒を怠ってしまっていた。よくよく見ればしっかり個室に鍵が掛かっているじゃないか!何が俺だけの特権だよ、俺のバカバカっ!


 (ふぅ……ここはゾンビの真似でもして一旦やり過ごすか)


 俺がゾンビのフリをすればまだ取り返しがつくはずだ。


「ヴォォォ……ヴォォォ……」

「っ!?」


 (よしっ、効果抜群そうだな!)


「ヴォォォ……ヴォォォ……」


 (ついでにドアも叩いておこう。リアリティ大事)


 ドンドンッ ドンドンッ


 (どうだ!怖いだろっ!)


「あなた何をしているの?」

「はっ……?」


 俺は声のする方向へ顔を向ける。すると丸い影が俺の頭上にあった。


 なんと個室の中にいた女はドアの上から俺を覗いていたのだ。まさか上から覗かれるなんて思いもしなく、俺は固まってしまう。


 その女は俺の顔を不思議そうにジッと見ている。


「何でゾンビのフリなんてしてるの?」


 問いかけられた事で俺の意識は元に戻り、事態が最悪なことに気づく。しかし俺は不利な状況にも臆せず渾身のゾンビの演技を繰り出す。


 まだ俺の負けじゃ無いっ!


「ヴォォォ……!」

「そういうのいいから」

「あ、はい」


 敢えなく撃沈する……


「で、何でゾンビのフリなんてしてるの?」


 (何て答えるべきか……ってあれ?この女どこかで見たような……)


 すると目の前の女も俺の顔に何か心当たりがあるのか、眉を寄せて怪訝そうに俺の顔を眺める。


「あれあなたどこかで見たような……あっ!大学で隆史と汚らわしい話をしてた男!」


 (あっ……あの男がナンパしてた可愛げのない女か)


「あなた何か失礼なこと考えてない……?」

「いや別に」


 この女可愛げが無い上に人の心までも見通すエスパーだったとは……。最早この女とは何も話したく無い、あの眼に見つめられたら何もかもバレそうで……。


 俺は女の眼を見る事を止めて、少し横にずらした所に視線を移動させる。


「そっ、話が逸れてしまったけど先程の質問の……」

「ヴォォォ……」

「!?」


 何とも答えづらい質問が来たと思った瞬間、ゾンビの呻き声が出口から聞こえて来る。


 (ゾンビナイスタイミングで来た!俺はこのままこの擾乱に乗じて抜け出す!)


 俺は女に見えない様に小さくガッポーズをしてここから逃げ出そうとする。


 しかしその俺の態度とは対称に、その女は焦りながら俺に警告する。


「あなた早く隠れなさい!死にたいのっ!?」

「え……いや死にたくはないけど……」


 俺はその女の眼を見ずにそう答える。


 そもそも俺はゾンビに襲われない為、お前にとっては絶体絶命の状況でも俺はそうではない。まぁそんな俺の状況なんて例えエスパーでも分かるわけないんだけどね。


 しかしここで俺にとって予想外の出来事が起きる。


 個室の鍵が開く。そして中から姿を現したのは先程上から顔を覗かせていた女。急に個室から出てきたと思ったら俺の腕を掴み引張ってきた。


「もうっ!こっちよ!」


 俺はそのまま女と一緒に個室トイレに引き摺り込まれる。


「えっ?」


 俺はまさかの展開すぎて抵抗できずにいた。


 パタンッ ガチャッ


 ドアを閉められロックも掛けられてしまう。この狭い空間にこの女と二人で閉じ込められてしまった。


 (お前……花子さんかよ……)


 まさか知らない女に男子トイレの個室に連れ込まれるという非常に興奮するシチュエーションに遭遇できるとは。


「おまっ……」

「しっ!静かにしてなさい……」


 俺の口を手で強制的に塞ぎ、口元で人差し指を立てながら「しっー!」というジェスチャーをしながら俺を睨む。


 (どうして俺はこの女と男子トイレの個室で密着しているんだ……)


 何の旨味もないこの状況‥‥俺は早く家に帰りたくて仕方が無かった。

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