第5話
「段々押し返す力が弱くなってきたじゃないか。もう僕を受け入れる準備はできたってこと?」
「ち、ちがっ……」
男は嫌がる女の両手を抑えつけて地面に押し倒していた。
「ほら、もう楽になりなよ。ちゃんと朝美ちゃんも気持ちよくするから……」
その男は女の両手を一つに束ねて片手で抑えることでもう片方の手は自由となった。その手の指は女のへそから腰までを一直線になぞり、下半身へと吸い込まれていく。
「……誰か、助けてっ……」
女はその手の歩みを止める事が出来ず悔しそうに助けを懇願する。
「こんな状況じゃ誰も……」
「誰かいるか!」
「「!?」」
このゾンビに囲まれた状況である男が現れた。その男こそ黒藤冬夜であった。
「ゾンビ共は今このフロアの隅っこに集まっている!逃げるなら今しかない!」
「えっ……あ……」
女は男に押し倒されて両手を縛られている状況でこちらを見上げながら困惑していた。
助けを懇願していたが本当に助けが来るとは思っていなかったのか面を食らったような顔をしている。
「急げ!最初で最後のチャンスだ!ほら!」
「は、はいっ!」
「あ、あぁ……」
時間が無いことを俺の必死そうな形相と言葉遣いで暗に伝える。その様子に状況が飲み込めていなかった二人が急いで立ち上がって俺の後を着いて来る。
「出口まで必死こいて走れ!」
俺は出口の方を指差しながら二人をリードする様に先頭を走る。そしてこの先には……
「あっ……ゾンビが!」
左方向には出口。そして右方向には勿論俺が用意していたゾンビがいた。俺はこの二人と逃げるつもりなど毛頭無い為ここは一芝居打たせてもらう事にする。
「くそっ!俺がこのゾンビを抑えとく!お前ら二人は俺を置いて出口へ向かうんだ!」
急停止しゾンビの足止め役を宣言する。
「で、でもっ……!」
それでもその女は泣きそうな顔で立ち止まりながら俺の背中を見つめていた。自分が助かる為に他の人を見捨てる事が出来ないのかこちら側に歩み寄ろうとする。
まさか逃げないでここに俺と残るのか?さすがにその選択は想定していなかったため、俺は若干たじろぐ。
目の前のゾンビの背後からぞろぞろと他のゾンビの姿が見えてきたというのに、逃げる気配を全く見せていない。
(いや残ろうとしてくれるのは嬉しいんだけど……そうじゃないんだよなぁっ……!このままだと俺だけがゾンビに襲われないのがバレる……)
しかしそこで助け舟を出してくれてのは隣で俺達の様子をアホ面で傍観していた自意識過剰イタ男であった。
「ほ、ほら行くぞ朝美ちゃん!ああ言ってくれてるんだ、俺たち二人だけでも逃げよう!」
(な、ナイスすぎるっ!いいぞ、それでいいんだ!さすがクズなモブキャラは思った通りに行動してくれるな!)
女は男に腕を掴まれ連れていかれそうになるが、その手を振り解いて俺の背中へ抱きつく。
「あ、朝美ちゃんっ!?」
男は素っ頓狂な声をあげて驚いた顔で俺達を見ていた。というか俺もめっちゃ驚いている。何故こうなった……?
「わ、私……あなたと……」
「大丈夫、俺は死なない。だから行ってくれ……」
俺はその女を落ち着かせるように肩に手を置いて、力強くその肩を握る。それは安心させるため、俺はここで死ぬ気はないと理解させる為。
それに気づき、俺の目を見て真意を確かめる。真意を理解したようで、顔を俯かせて頷く。
どうやら分かってくれたようだ。
「あ、あなたの名前をっ!」
「俺か?俺は黒藤冬夜だ。後このリュックを……貴重な食糧が入っている。大切にして必ず生き延びるんだ」
実は本屋に来る前にコンビニの食糧をリュックの中に大量に詰め込んでいたのだ。大体は水とか菓子類だけで味気ないけど……まぁそれでもこいつらにとっては貴重だろう。まさかそれがこんな所で役に立つとは思わなかったが。
「こ、こんなに……」
その女は驚きながらもそのリュックを受け取り、大事そうに抱える。
「じゃあな。絶対に生き延びるんだぞ!」
「黒藤さん!」
「朝美ちゃん!急ぐよっ!」
「黒藤さん、ありがとうございます!絶対……絶対にいつかまた会いましょうね!」
その言葉に対して俺は笑みを返す。
「ふっ、ああ……」
そして俺はゾンビの方を向き立ち向かおうとする。
「来い!ここから先は絶対に通させないぞー!」
「……よし、上手く行ったようだな」
無事外に逃げられたようだな。俺もここまで迫真の演技を続けた甲斐があったよ。
「我ながら完璧な作戦。あの歳上イケメン風男の邪魔もできたし貴重な生存者を生かすことにも成功した」
中々あの男のネーミングが定まらないが……まぁもう会う事はないから別にいいか。
何故こんな面倒な事をしたかと言うと、今度の投資のためだ。
俺という人間を受け入れてもらう為の準備とでも言うのだろうか……身を挺して逃す事で恩を感じさせて、いつの日か俺が人間の集落に加わる時に融通を聞かせるのだ。
その為にもあの女には生き続けてもらわなければならない。
「俺の今後の方針ができた。それは漫画や映画で人生を謳歌しつつ合間に運動がてら人助けをするだ」
いつか本当に暇でする事が無くなったら‥‥その時は人間の集落に加わらせてもらう事にしよう。
「陰ながら人助けをする……そしていつか安全な人間の集落ができたときにその恩返しで俺を受け入れてもらう。これが最終目標だな」
目標を決めた事でだらだらと時を待つだけだった俺の生活は多少刺激のあるものに変わるだろう。
その変化が良いものであって欲しいと思う。
「人助けも悪くないな」
まぁ俺はゾンビに襲われないわけだし、そこまで大変な作業でもないのに恩を感じてもらえるなら十分にお釣りが来る。
しかし感謝をされると若干の居た堪れなさを感じる。何故なら感謝されるほどの事を俺は別にしていなかったから。相手からはそうじゃないにしても。
「そうと分かったら今度はレンタルショップの方の生存者を救出するか」
俺は特に急ぎもせず、ゆっくりとレンタルショップへ向かう。
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