第7話

(はぁ……本当にこの男鬱陶しい……)


 私の名前は鈴宮奏(すずみやかなで)。大学3年生であり、テニスサークルに所属している。今私はこの下心を隠そうともしない如何にもヤリモクそうな男、渋秋隆史(しぶあきたかし)に後ろから付き纏われている。


「なぁ待ってくれよ奏。そんな嫌がらなくてもいいじゃねーか、俺は楽しくお喋りしたいだけなんだよー」


 この男に付き纏われる様になったのは、3年のつい最近で何か運動をしてみたいと思ったことがきっかけでテニスサークルに所属する様になりその活動初日の時の話。


 元々私はテニスを小学生の時に4年ほど続けていたので、活動初日からそのテニス経験を遺憾なく発揮していた。それでだろう……偶然同じサークルになったあの男に目を掛けられらようになったのは。


 その男こそ私に付き纏う渋秋隆史だ。


 その男は私がボールを打つ時に真後ろの邪魔にならない程度まで下がって私の後ろ姿を観察する様にじっくりと見ていた。


 (このサークルでは試合中にコートの後ろに人は立っていても良いの?少しやり辛いんだけど……)


 私はなるべく気にしない様に振る舞い試合に集中する。そして私は試合に勝ち次の人とローテーションで変わる。するとその男は後ろに立つ事を止めて男性側のコートに戻る。


 (ただ試合を見ていただけのようね……)


 しかし2試合目になればまたその男は現れ私の後ろに立った。私は徐々に違和感を持ち始める。


 そしてその違和感は3試合目ほどから確信へと変わる。明らかに私を狙って私を見るために後ろで立っていたのだ。


 (あの男っ……汚らわしい眼で私をっ!)


 その後ろから感じる視線があまりにも不快で私は時折後ろを見てその男を厳しい眼で牽制する。しかしその男はその睨みを卑しい笑みで受け流し、執拗な視線はエスカレートして行った。


 上から下へと、入念に舐めずり回すように私の身体を観察する。特にサーブを打つときは、力を前へ乗せるために体を捻って前へ重心を傾けて打つため風なども相まってスカートの中が後ろから見えやすくなる。


 (下着じゃないのに……何でこんなっ……)


 スポーツウェアのスカートの中は当然下着では無く見られても良いスポーツ用のを履いてる為、そこまで嫌だとは感じないのだがあの男に見られているだけでそれを下着を見る様な視線に感じ不快感が増す。


 反射的にスカートの裾を引っ張って肌をなるべく隠そうとするがその男の笑みは止まなかった。


 私は毎日食生活や肌などをしっかりと気に掛けながら生活しているため当然自分のスタイルには自信がある。肉付きは程よく、脚と腕の細さも他の人には負けていない。胸は……あんなのはただの脂肪よ私には必要ないわ。


 だから多くの男性から好奇の視線を向けられる事はある。その好奇の視線は私の努力の賜物であり、それ自体に不快感を感じた事はあるが隠すほど嫌とも感じてはいなかった。


 しかしそれでもあの男の視線だけは最悪であり、不快感以外の感情は抱かなかった。


 以来私はそのテニスサークルへ行く事は無くなった。しかしその男はまるで私を友人のようにしつこく話しかける。


 いくら突き放そうとしてもその男は私をストーキングする事を止めない。


 「もう着いてくるのを止めて。何度言ったら分かるのかしら?」

「俺はただ奏と話したいだけだって言ってるだろ?今もただ一緒に昼を食えたらなと思ってるだけだぜ?本当さ」


 (その眼でよく言えるわね……)


 その男は私の顔を見ているようで、時折首筋辺りを見たりと露出している肌をチラチラと見ているのが丸わかりだった。


 (本当に汚らわしい……)


 私は気分が悪くなり、その日は3限の授業をすっぽかして大学を抜けた。




 気分転換のため私は授業に出なかった罪悪感を感じながらもレンタルショップに向かった。

 

 私は映画を見る事が好きだ。ただでさえ一人でいることが好きなので、映画見る時は基本一人で見るし、静かで周りが気にならなくてとても楽だ。


 (今日は何を見ようかしら……)


「きゃぁぁぁ!」

「!?」


 レンタルショップの入り口付近で女性の大きな悲鳴が聞こえて、近くにいた私は驚きながら悲鳴が方向を向く。


 するとそこにはスーツ姿で首から血を流しながら地べたにうつ伏せで倒れている男性がいた。悲鳴を出したであろう女性はその倒れている男性を見ながらどこか怯えている気がした。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 私はその女性が、人が血を流しながら倒れている姿を見てあまりのショックに動けていないのだと思い、すぐさまその男性に近づいて声を掛ける。


 反応は無い。これは危険だと思い少し焦りつつもスマホを落とさず慎重に持つ。


 (救急車を呼ばないと!)


 電話をかけていると先程まで震えていた女性は慌てて立ち上がりその場から走って去る。私はその姿を見て女性に少しばかりの失望と呆れを見せるが、今は電話に集中するべきだと思い思考を切り替える。


「あ、あの救急隊ですか!?じ、実は……」

「君後ろっ!」

「え?」


 私はレンタルショップの中にいた中年の男性に呼びかけられ、言われた通りに後ろを向く。


 そこには先程まで倒れていたはずの男性が立ち尽くしていた。しかしどうにもその様子はおかしい……おかしすぎる。


 その男性は傷を負っているとは思えないくらいに平然と気配なくそこに立っていた。


 ゆっくりと顔を上げたと思うと私はその顔を見て何故か怖気を感じる。生きている人間とは思えないくらいに‥‥顔に血色が無かったから。


 それなのに平然と立っているこの男性。


 男性は私の顔をじっと見つめる。その眼から私は視線を外す事はできずにいた。外してしまったらいけない気がした……。


「ヴォォォ……!」

「い、いやぁ!」

 ドゴッ!


 私はあまりの驚きと恐怖で手に持っていたバッグをその男性の顔面に横から叩きつけた。


 何とその男性は両腕を上げて私に襲い掛かろうとしたのだ。


 バッグに叩きつけられた男性は仰け反りながら数歩後ろに下がるだけで依然立ったままだった。


「え、え……?どうなっているの?」


 私は何故この状況でいきなり襲われたのかが分からず困惑する。


 目の前のゾンビは態勢を戻し、再びこちらへ近寄ってくる。


「こっちに来てる……?」


 私はその男性が一歩前に足を進めるたびに後ろへ一歩下がる。


「君早く!こっちへ逃げろ!」

「は、はい!」


 私は先程声をかけられた中年の男性に腕を掴まれてレンタルショップの中へ引っ張られる。それによって目の前の男性から遠ざかることに成功する。


 そしてそのままスタッフルームの様な場所に連れて行かれる。他の数名もどうやらこの部屋に避難した様だ。私をここに連れてきた男性はドアの鍵を掛ける。


(何よあれ……?まるで獣の様に私達を……)


 私は状況がずっと呑み込め無くて力なく床にヘタリ込む。


 すると私を助けてくれた中年の男性が口を開く。


「あれはゾンビだ……」

「ゾンビ……?ゾンビって死んだ人間がウイルスに感染して人間を襲う化物のことですか?」

「あぁ……本当にいたんだ……」

「そんな……」


 ゾンビ……確かに言われてみればあれはゾンビと呼んでも良いかもしれない。人間の姿をしていたがその振る舞いは人間らしさの欠片も無かったから。


 しかしこの部屋に避難してきた別の男性は苦虫を噛み潰した様な顔で反論をする。雰囲気から見て大学生くらいだと感じた。


「何を言っている!そんなの架空の話の存在の事だろうっ!?現実にいるわけがない!」


 しかしまたそれに他の男性が反論をする。今度はこの店の男性店員だった。


「……いや俺見たよ。化物に噛まれて死んだはずの人間が呻き声をあげながら生き返るのを」

「っ……!?」


 実際に人が生き返っている姿を見た人が居たと知り、信じたく無さそうに歯軋りをする。


「いやっ……いやぁっ!死にたくないよぉっ!」


 今度は女性店員が恐怖で泣きじゃくる。


「お、落ち着け!静かにしないとゾンビ達が……」

「ヴォォォ……!!」

 

 ドンドンッ ドンドンッ


 その悲鳴に引き寄せられたゾンビがドアを何度も叩く。その音から察するに明らかに一人のゾンビが鳴らしている音では無かった。


 恐らく私達以外の店内にいた人たちがゾンビへと成り果ててしまったのだろう。ならきっとその数は少なくとも一桁では無い。


「こんなのどうやって生き延びるんだよ……」


 私達はここに入った時点で既に摘んでいた。


 

 

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