第34話~クローン~


 歓迎会がお開きになり、メンバー皆が自室へ戻ったが、沙羅は部屋に戻らず、真琴の部屋を訪れていた。

 誰が見ても明らかに、真琴は大和の情報の色々を受け取りすぎていた。このまま一人にするには気になったからだった。


「疲れたでしょう?眠るまで傍にいるから、横になるといいわ」


 沙羅は真琴をベッドに横たわらせると、自分もベッドの上に腰かけた。


 真琴は素直に横になったものの、眠れないのか目を閉じようとはしなかった。


「眠れそうにない……?」


 沙羅は、優しく真琴の茶色の長い髪を撫でた。真琴は空間をぼんやり見つめて、何かを考え込んでいるようだった。


 無理もない。大和の余興と言う名のテレパシー実験は少々どころか、かなり過酷だった。沙羅は真琴が少しでも癒される様にと、静かに【ちから】を送り続けた。


「有り難うお姉ちゃん、もう大丈夫だから」


 真琴はゆっくりと体を起こすと、ベッド上に座り、その長い髪をかきあげた。


「ならいいのだけど。今日は見る限り色々真琴が一番辛そうだった。無理はしないでね」


「辛いのは大和よ、私じゃないわ」


 真琴はそう真剣な顔つきで言うと、自分の長い髪の先を指で掴んで、目の前まで持ち上げた。


 突然のその仕草を沙羅が不安そうに見ていると、真琴は次に沙羅の髪の毛の先に触れた。


「ど、どうしたの?いきなり……」


 沙羅は髪の毛を真琴に触れられながら、困惑した。


「ううん、髪の毛って罪作りだなって。どうして私はお姉ちゃんの髪の毛の色じゃないのかなって思ったの……双子なのに……」


「そんなに変わらないと思うけど……」


「全然違うわ……全然……」


「やはり疲れてるのよ真琴、横になったほうが……」


「お姉ちゃんにはわからないのよ!!」


 突然真琴が大声で叫び、身体全体で感情をぶつけてきた。沙羅はどうしていいのかわからず、完全に固まってしまった。


「お姉ちゃんにはわからない。大和の話には続きがあったんだもの……」


 真琴は、身体の奥から沸き上がってくる何かに飲み込まれかの様に身体を震わせた。


「私達が聞いた話に、続きが?」


「大和は彼女が任務で墜落死した所で話を終えたけど、その後の出来事もあった。その場面が私にはなだれこんできた……」


「わかったわ……ゆっくり話してみて?一人で抱え込むとよくないと思う……」


 すると真琴はゆっくり下を俯きながらも頷くと、話を始めた。




 ◇




 彼女の訃報を受け取った大和は、悲しみを忘れる為に、どんどん開発や研究に没頭していった。


 機関も大和のその多岐に渡る能力に目をつけ、当時設立された、研究開発が主体の組織【サイエンス】のリーダーに大和を抜擢した。


 大和は惜しみ無く与えられる研究の時間、資金によって、シャトルやステーション建設、軍事的な色々な技術をどんどん生みだした。


 彼女を失ってからの大和は、元々親から捨てられた事で、人を信用しなかった部分に、更に拍車がかかり、心を閉ざす様になっていた。


【サイエンス】内部でも、心が読める事でメンバーからは距離を置かれる事も多く、大和にとってはそれはもはや、気持ちを楽にもした。


 暫くして、大和はひとり、とある研究に没頭する様になっていた。


 それは、彼女をまた生き返らせる事。

 生きた彼女にまた出会う事。


 彼女から渡された髪の毛入りのケース、それを受け取ったあの日から、大和はその実現に力を注ぎはじめていた。


 当時の母星では、クローン技術はかなり研究が進められていたのだけれど、やはり倫理面での反対も多く、人間でのそれは、いわゆる禁忌の類いであった。


 髪の毛からの再生も、なかなかに母星の今ある技術では困難で、実現は不可能な夢物語でもあった。


 だからこそ、大和は執着をした。

 死ぬ前に、自分に何故この髪の毛の束を彼女は託したのか?

 形見?

 普通ならそう考えて終わる話かもしれないけれど、大和にはどうしても、そう思う事は出来なかった。


 自己中心的な考えだと罵られても構わない。

 それが、禁忌だと言われても悔いはない。


 俺が、また彼女に会いたいだけ……

 口数の少ない、柔らかな空気を纏う

 あの彼女に……彼女に会いたいだけなんだ………


 それから大和は、孤独に、そして静かに研究を重ねた。

 髪の毛から、彼女のいわゆるクローンを作りだす事が可能な所まで、こじつけた。


 一番の問題は、母星だった。

 倫理の問題でそれが明るみになれば、必ず罰せられる事は明白で、そこが大和にとって、一番の問題であった。


 その頃、【サイエンス】にベイと遥が加入してきた。

 その類いまれな能力に、大和は憎まれ口を叩きながらもリスペクトをした。


 次第に頭角を表してきた二人に【サイエンス】の諸々は任せ、大和は、その頃建設を進めていたステーションに移動の希望を出した。


 ステーションでの任務は、兎に角脱落者が多く、希望者も少なかった為、大和の希望はすぐ受理された。


 大和はそれから一人で月にやってきた。

 そこは大和にとって、誰からも邪魔をされない巨大な研究室でもあった。





 ◇


「そして、そこに【2%】の私達が月にやってきたっていうの?」


 予想外な話の展開に、沙羅は脳内を整理するかのように眼球を左右に動かした。


 彼女を亡くしてから、今の大和までの時間の流れは理解は出来た。

 ただ、クローンと言われても、正直意味がわからないのが本音だった。

 それが本当なら?このステーションの中にそんな研究室が?

 でも確かにここに来て日が浅い。ステーションの全てを網羅出来ているわけではなかった。


「私は大和の暴走は止めるべきだと思う。お姉ちゃんもそう思うでしょう?」


 真琴の真剣な顔つきに、沙羅は圧倒されながら答えを見つけられずにいた。


「わからないわ、逆の立場なら私もそうしようとするかもしれないし……」


 すると、真琴は更に感情をヒートアップさせた。


「駄目よ絶対に……私達は双子よ?いわば自然のクローン。なのに、こんなに違う、性格も能力も。大和の彼女を作り出しても、それはもはや彼女じゃないわ」


「それはそうかもしれないけど……でも本当にその研究を進めているか確証はないでしょう?」



 数秒の重苦しい沈黙が流れたあと、真琴が口を開いた。



「みんなが知らない部屋があるわ。それは、大和の部屋の中からしか入れない造りになっていて、普通には入れないみたい」


「そんなの絶対に無理じゃない……」


「だからお姉ちゃんしかそれは出来ないわ。ヒーラーのお姉ちゃんしか、大和の自室に入って、ましてや大和を眠らせる事なんて出来ない」


「待って……部屋の存在の確認を私が??」


「それしかないわ、お姉ちゃん大和を止めて!それは倫理とかそんな問題じゃないわ。大和がさらに苦しむ姿を見たくないでしょう?」


「それはそうだけど……わかったわ。とりあえず真琴の考えすぎかもしれないし、今から大和の部屋に行ってみる。確認してそんな部屋が無かったら、それはそれで安心できるし」


「えぇ、お姉ちゃんにお願いするわ。もし研究を進めていたら、またみんなで話し合いましょう?」


「そうね、わかったわ。あなたはとりあえず休みなさい、あとは、私に任せて?」


 沙羅はそう言うと立ち上がった。

 その姿に安堵したのか、真琴はゆっくりと横たわった。


「おやすみなさい」


 沙羅の声かけに、ゆっくりと目を閉じた真琴の姿を確認すると、部屋の明かりを消し部屋を出て、大和の部屋へと向かった。



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MOON~双子姉妹~ 豊 海人 @kaitoyutaka

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