第26話~温度~


 レストランのショーケースの前には、すでに大和が待っていた。


「待たせちゃったかしら?ごめんなさい」


 沙羅が恐縮しながら駆け寄ると、大和が右手の人差し指でショーケースの料理皿を指差した。


「呼んだのは俺だから謝る必要がない。とりあえず早速見てみてくれる?」


 沙羅は、言われるがまま料理皿をみつめた。

 先日と同じくメニューがひろがり、温かな飲み物には"あつめ"と"ぬるめ"の2項目が追加されていた。


「じゃあ、ぬるめの珈琲を頼んでみようかしら」


 沙羅は注文のチェックを入れると、店内の一番手前のテーブルの席に座った。


「食器類は片付けたの?」


 先日並べられていた食器類が、今日は一切無くなっていた。


「食器ぐらい、本当の感覚があった方がいいかなと思ったけどやめた。みんなに怪我をさせるわけにはいかないしね。」


 そう言いながら、大和はまた沙羅の目の前に座った。


 すると、また先日のように珈琲のいい香りが漂ってきたかと思うと、目の前に並々と注がれたピンク色のコーヒーカップが現れた。


 沙羅はおそるおそる、現実にはないカップの持ち手を掴むと、口に運んだ。


 少し自分には物足りない熱さの珈琲だったけれど、カップ自体の違和感はさほど感じられなかった。これが全て実在していないとは思えないぐらいに。


「ぬるい?なら、成功かな」


 大和は沙羅の様子に安堵の表情を浮かべると、自分も同じく注文したらしい珈琲を口に運んだ。


「俺、昔から熱いのが苦手なんだ。これぐらいでも熱いぐらい」


 それを聞いた沙羅は、思わず笑いだした。


「おい!笑うなんて失礼だな」


「だって子供みたいな事を言うものだから」


 沙羅が笑いながらふと視線を向けると、大和の右手に傷口があるのをみつけた。


「待って、傷が治っていないなんて……私が未熟なせいね。もう一度やってみるから早く手を貸して」


「いやこれは………」


 大和の言葉を聞く間もなく、沙羅は大和の右手を左手で引き寄せると、自分の右手をかざしはじめた。


 そんな目を閉じて集中を始めた沙羅を、大和はただ黙って見つめた。


「沙羅、もう治ってる……」


 大和はすっかり傷痕が消えた手をみながら、いつまでも集中し続ける沙羅に声をかけた。


「まだだめ、じっとしておいて!」


 大和は右手を握りしめられながら、沙羅を見つめた。


 沙羅は自分の力を過小評価しすぎなのだ。

 一瞬で回復させる事が出来ているのに、自分が思うよりも、その能力は凄いものであるのに、自分が一番それに気づいていないのだ。


 それを伝えて、この延長時間を切り上げる事

 が一番効率がいい選択肢だ。

 まだ任務は山積みに残っているし、沙羅も探査機メンバーが戻るまでは自分の回復に努めるべきだ。


 それなのに、言葉が出ない。

 何故だか手が動かない。。


 すると、沙羅がいきなり目を開いた。


「もう大丈夫かな?大和痛くない?」


 そして、傷口があったあたりを入念にチェックしはじめた。


「もう全然大丈夫だから……」


 大和は無愛想に、沙羅の手を無理矢理ほどくと立ち上がった。


「有り難う助かったよ。ベイに喜んでもらえそうだ」


「えぇ、ベイはきっと大喜びしてくれるわ」


「あぁそれと、今真琴には先に行ってもらってるんだけど、母星との通信をしてくるといい」


「通信?パパと話せるの!?わかったわ、有り難う」


 沙羅は表情を明るくさせると、早速向かおうとした。


「あぁでも、もう少し後がいいかも?今、真琴は恋人と通信中なんだ」


「鞍馬と?そっか……じゃあもう少し後がいいかしら。じゃあ私は部屋に一旦戻っておくわ」


「暖の所に行かないの?二人は婚約中なんでしょ?」


 いきなり話を振られて、沙羅は少し不愉快になった。


 婚約は小さい頃からの親同士の口約束で、暖から何かを言われた事もないのだ。

 そんな、一番触れてほしくない部分に、この人はいつも侵入してくる、いつもいつも………


「親同士の口約束よ。きっと暖の本意じゃない、暖は優しいから断れないのよ……」


「そんな風に思いながら傍にいて、苦しくないの?」


「どういう意味?」


「そのまんまの意味だよ、苦しそうだから代弁しただけ」


 それを聞いた瞬間、沙羅は、唇を噛み締めながらつかつかと大和に近づくと、右手を振り上げ大和を平手打ちした。


「痛ぇぇ……、ヒーラーが自ら痛め付けるってどういう事だよ……」


 大和がぶたれた左頬を押さえながら、しゃがみこむと沙羅は我に返ったのか、慌てはじめた。


「あぁごめんなさい……本当にごめんなさい……」


「謝らないでよ、俺の暴言が沙羅の心をえぐったんだからさ。でも、頬が痛いから今すぐ治してほしいかも」


 大和は意地悪な注文を沙羅に投げ掛けた。


「わ、わかったわ……」


 沙羅は自分もしゃがみこむと、大和の赤くなった左頬を自分の右手で覆うように包み込んだ。


「ぬるめで俺にはちょうどいい……」


 そう言って、大和は目をゆっくりと閉じた。




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