第25話~プロポーズ~


 通信室は、通信機器の前に椅子が置かれているだけの部屋だった。

 声を発すると反響する様なシンプルな空間に、真琴は立っていた。


「大和のメモを読まないと……」


 大和から渡された、通信機器の操作の仕方のメモに目を通しながら、真琴は機器の操作を始めた。


 コール音が数回室内に流れたかと思うと、壁一面に映像が映った。


「誰?」


 そこには、花屋のエプロンをした鞍馬がいた。


 真琴は自分のカメラがオフになっている事に気づくと、慣れない手つきでオンのスイッチを押した。


「え!?真琴?真琴なの?」


 鞍馬は持っていた端末を落としそうになりながらとても驚くと、机にそれを置き、自分も椅子に座ると、本格的に画面の中の真琴を覗きこんだ。


「えっと……どうしよう。言葉が出てこないかも。」


 真琴は、鞍馬の姿と、懐かしい母星の景色に胸が熱くなった。

 つい先日まで、自分がそこで花束を作っていた。そんな事がもう遠い昔の様に感じた。


「月に無事着いたんだね。良かった……」


 鞍馬が少し寂しそうな笑顔でそう言うと、「ちょっと待ってて」と立ち上がり、何やら鉢をかかえて持ってきた。


「真琴が旅立ってから、色々新種の花を作ってみたりしてるんだ。これが試作第一号。育ってくれるといいんだけどね」


「凄い。どうやって?」


「人工的に交配させて、新しい新種の花を作る、いわば実験かな。この花のゲノムは600Mbpぐらいでそれほど大きくないからね。色々遺伝子情報を解析して試してる所なんだ。」


「ゲノム?」


「そうゲノム。いわば生命のデータの源、核の部分。真琴には少し難しい話かな。月には他に多彩なメンバーが揃ってるんでしょ?また誰かに教わるといいよ」


「そんなの、鞍馬が教えてくれたらいいじゃない」


「この通信、時間制限があるんでしょ?長々とそんな説明の話より、俺は真琴と未来の話をしたい」


「未来………?」


 真琴は、画面の中の鞍馬の目をみつめた。


「任務が終わって、こっちに還ってきたら真琴……

 俺と結婚してほしい。」


「え!?」


 突然の言葉に真琴は目を白黒させながら、慌てふためいた。私が結婚?この私が?


「還ってくるまでは、新種の花の研究で寂しさを紛らわせる事にするよ。もし綺麗な花を咲かせる事が出来たら、真琴が名付け親になってくれる?」


「名前を?何がいいかしら……わかったわ、考えておくわ」


「さっきの返事も勿論急がないし、また考えてみて?」


「う、うん………わかった……」


 真琴は顔が熱くなっていくのがわかり、慌てて俯いた。


「じゃあそろそろ通信を切るね。大変だろうけど身体には気をつけるんだよ?」


 鞍馬の優しい言葉に、色々な想いが渦巻くのを感じながら、真琴は笑って頷いてみせた。


 鞍馬はその顔に穏やかな笑顔を向けながら右手を軽く振ると、画面は真っ暗に閉じられた。






 ◇



 暖のケアを終えた沙羅は、ひとりレストランへと向かっていた。


 暖は、もうすっかりよくなったと言って送り出してくれたけれど、大丈夫だろうか、私はちゃんと回復出来ただろうか。沙羅はそんな事を考えながら廊下を歩き進めた。


 暖は小さい頃から滅多に怪我をしない人だった。真琴の様に傷を治した記憶もあまりなかったりする。


 元々そのいつも慎重な性格もあったが、何よりも怪我を回避出来る反射神経や動体視力が、ずば抜けた能力の持ち主なのだろう。


 その肉体的な傷を負いにくい反面、暖は心に色々を抱え込む所があった。

 小さい頃からそんな暖の姿を見つけたら、沙羅は手を握って回復させる色々を試してきたものだ。


 肉体的な傷は、回復を目で確認する事が出来るものだけれど、精神面の回復はそれが出来ず、いつも手探りでやってきた。


 そんな沙羅の試行錯誤に、小さかった暖はいつも付き合ってくれて、その度に結果を伝え助けてくれた。

 いわば、沙羅の能力を育ててくれて、一番導いてくれたのは幼馴染みの暖だった。


 今朝の暖はとても疲れてみえた。


 完成されていたジグソーパズルが、いきなり半分ぐしゃぐしゃとかき乱された様な……そんな状態に映った。


 自分が寝てしまっていた間の変化に戸惑いながら、きっと色々をまとめる作業で、神経をすり減らしたに違いないと、そう感じた。


 それでも「自分は大丈夫だ」と、決して表には出さず、人の心配しかしない暖に、結局最後はいつも自分は甘えてしまうのだ。


 今朝のケアでは、ジグソーパズルを元の一枚の絵に完成していくイメージをして、沙羅は暖の手を握り集中した。

 最後のピースを嵌め込んだあと、暖は「有り難う、もうすっかり元気になったから大丈夫。」と笑顔で言ってくれた。


 そのまま素直に暖の部屋をあとにしたものの、うまく出来たか沙羅は不安だった。

 元気になったという言葉に嘘はないはずで、そこには多大な信用が勿論あるけれど、暖は絶対に自分を否定しない。物足りなくてもきっと妥協してくれる、そんな人なのもわかっているからだった。


「今度は暖が大丈夫って言っても、もう少し長めに時間をかけようかな。自分も納得したいし。」



 そんな事を思っていると、レストランの外観が見えてきたのだった。

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