第20話~自然治癒力~


沙羅は自分の部屋の窓から、探査機が太陽へ向かう姿をひとりで眺めていた。


自分の能力を決して過信していたわけではないけれど、皆が働いてる時に何もしないのは、やるせない気持ちでいっぱいだった。

でもそれはただの我儘で、実際大和が言った通りなのもわかっている。

自分の仕事がないわけではないのに、真琴の知らなかった一面にも触れて、疎外感を勝手に感じて、ひとりで落ち込んで、拗ねているだけなのだ。


「はぁ……私ってつくづく嫌な性格……」


ひとりで心の整理をするうちに、反省を始めた沙羅は、どんどん今度は違う意味で落ち込んでいった。


「このままだと駄目ね、自分がこんな状態で、人を癒せるわけないわ。探査機が戻る前に気持ちを切り替えなくちゃ。」


沙羅は部屋を出ると、先日教えてもらったバーチャルレストランへと向かった。






先日訪れた時には無かった料理皿が、そのバーチャルレストランのショーケースの宙に浮かんでいた。


先日、ベイが体験した姿を思い出しながら沙羅はその料理皿を見つめた。


すると、脳内にメニューの映像がひろがった。

その中には、沙羅が渡した沙羅が働いていたカフェの色々なメニューも組み込まれていた。


「いつの間に……」


沙羅は大和の仕事の早さに驚きながらも、そのメニューに懐かしさを覚えた。

月に来てまだ少しだと言うのに、とても長い時間が流れた様な気さえする。


沙羅は、いつもカフェ時代に自分もよく飲んだ珈琲にチェックを入れた。これで大丈夫なのかな??


沙羅は恐る恐る、レストラン内に入り一番手前の席に座る事にした。

テーブルには先日はなかった、お皿やコーヒーカップやグラス、ナイフやフォークが置かれていた。


沙羅は本格的な空気を感じながら着席すると、それが合図なのか、どこからか珈琲のいい香りが漂い始めた。


「ベイが驚いたわけだわ……凄い……」


沙羅は驚きながら、テーブルの上のコーヒーカップに視線を向けた。

そこには波々と注がれ湯気をのぼらせている暖かな珈琲があった。


「これが本物じゃないなんて……」


沙羅は驚きながらカップを手に取ると、口にそっと運んだ。とても懐かしい味がそこにはあった。


「美味しい…………」


沙羅は、実際はそこにはないその懐かしい珈琲の味を噛み締める様に味わった。

どんどん癒されていく自分を感じながら、任務で疲れたメンバーをどう回復したらいいだろう、気づけばそんな事を考えている自分に驚いていた。


「ここにいたの?」


突然声をかけられた方角に目を向けると、大和がひとりで立っていた。


沙羅が戸惑いながら声を発せずにいると、お構いなしに同じテーブルに座ってきた大和は、沙羅の顔をまじましと見つめてきた。


「な、何?」


「いや、別に」


すると、大和も珈琲を注文したのか、大和の前にあるコーヒーカップに珈琲が注がれはじめた。


「自分以外の人の飲食もみえるのね。着席するとスイッチが入って、これらの仮想世界をみせてくれるって事なのかしら」


「まぁそんな所」


大和はつっけんどんに答えると、注がれた珈琲を口に運んだ。


「熱っっ!」


大和は顔をしかめると、その拍子に実際は中身はないそのコーヒーカップを落としてしまった。

バーチャルではない、実際のカップは衝撃で粉々に割れて、辺りに散らばった。


「だ、大丈夫!?」


「温度の項目も追加が必要だな」


大和はばつが悪そうな顔をしながら、破片を片付けはじめた。沙羅も一緒に破片を片付けようと手を伸ばすと、大和が制止した。


「手伝わなくていい。これは俺の過失だから」


「そんなの関係ないでしょう?」


沙羅はそう言うと、黙々と片付けはじめた。

大和もそれ以上は言わず、黙って破片を拾った。


「怪我をしてる……」


沙羅が突然、大和の右手を掴んだ。

見ると、大和の右手の中指が破片で切れてしまったらしく血が流れていた。


「これぐらい、大丈夫……実際の食器とかリアリティー求めるべきじゃなかったな」そう言って手を振りほどこうとする大和に、「じっとしなさい!」と沙羅は叱りつけるように言うと、自分の左手をかざしはじめた。


すると、みるみる傷口が消えていった。


「これは凄いな……」


大和はすっかり傷口が消えた右手をまじまじと見つめた。


「私が凄いんじゃないわ。私は大和の自然治癒力を促進しただけだもの。」


「そんな言い回しするのは、大好きなパパはいくらやっても治せなかったから?でもそれは新薬の方が合っていたからだ。そこまで卑下する必要はないし、もっと自信を持てばいい。」


「本当に全部わかるのね……」


「そんなにびくびくしなくていいよ。これ以上心が読まれたらどうしようってずっと考えてるみたいだけど、俺も全部がわかるわけじゃないんだ」


「人の心が読めて苦しくない?」


「もう慣れたよ。さぁ、そろそろ探査機が戻る時間だ。沙羅は今みたいに皆の回復を宜しく頼むよ」


「えぇ……やってみるわ」


沙羅は、探査機メンバーを迎える準備をする為に

バーチャルレストランの出入口へ向かった。


すると何を思ったか突然立ち止まり、大和の方を向いて

こう言った。


「今度は、珈琲をちゃんと飲んで感想を教えてね。

私が大好きだった珈琲なの。」


大和が黙って頷くと、沙羅は微笑んで任務へと駆けて行った。

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