第18話~バーチャルレストラン~
沙羅は割り当てられた、自分の部屋の扉を開いた。
今まで住んでた機関の部屋と違い、少し狭くはあったもののベッドや通信機器、特に一通りの設備は揃っていたし、不便も無さそうだった。
既に搬入されていた自分の荷物の整理をしながら、沙羅は真琴の事が気になっていた。
真琴の部屋は隣だった。まだ、物音がしないから、まだあのまま大和とあの部屋にいるのだろう。
「真琴、大丈夫かしら……」
大和の第一印象は本当に最悪だった。
ベイは彼の事を心を読む能力者だと言っていた。
じゃあ感じが悪いと思っている事も、大和には既に伝わっているに違いない。
「まぁいいわ。距離を少し置いて接すればいいだけだもの」
すると、真琴の部屋の方から物音が聞こえてきた。
大和との話が終わったのだろうか?沙羅は荷物の整理の手を止めて、真琴の部屋へと向かう事にした。
「じゃあ私も休むから、真琴も早く休むのよ」
沙羅が部屋を出ると、遥が真琴にそう声をかけている所だった。
「シャトルの後処理お疲れ様、遥」
沙羅はそうリーダーの労をねぎらう声をかけながら近づくと、真琴の様子を伺った。
「どうしたの?お姉ちゃん」
「いや、あれから大丈夫だったかなと思って……」
「大丈夫よ。大和に少しメンテナンスをしてもらっただけ。お陰ですっかりリフレッシュ出来たみたい。任務も楽しみになってきたわ」
満面の笑顔で話す真琴に少し驚いたものの、沙羅はほっともした。
大和は一体どんなメンテナンスをしたのだろう。こんなに一瞬で、真琴を変貌させるなんて。
「とりあえず沙羅、あなたも身体をやすめなさい。概ねベイがまた大和の事を悪く言ったのだろうけど、そこまで悪い人でもないから安心して?古い付き合いの私が保証する」
遥が空気を察して沙羅にそう声をかけると、自分はもう休むからとその場を立ち去った。
「じゃあ私も部屋に戻るわ、おやすみなさい真琴」
沙羅が部屋に戻ろうとすると、真琴がいきなり両手をひろげ沙羅を抱きしめた。
「どうしたの?真琴?」
「少しこのままでいて?お姉ちゃん……」
「また怖くなったの?大丈夫真琴?」
沙羅は真琴を自分も抱き締めながら、頭を撫でた。
「ごめんもう大丈夫かな、有り難う。」
真琴はいきなり沙羅を突き放す様にして離れると、にっこりと微笑んだ。
「本当に大丈夫?真琴が寝付くまで傍にいようか?」
「本当に大丈夫。お姉ちゃんこそ早く休んで?明日からは任務目白押しだって大和が言ってたし、頑張らないとね」
「大和が……?でも確かに身体を休めるのも大事な任務のひとつね。じゃあおやすみなさい真琴。あなたも早く眠るのよ?」
沙羅はそう言うと、自分の部屋へと戻って行った。
その沙羅の後ろ姿を見送りながら、真琴が呟いた。
「お姉ちゃんの能力のトレース完了。あと1人ぐらいなら私の容量もまだ余裕ありそうね。何だか楽しくなってきちゃった」
◇
李留は荷物の整理を終えると、ひとり部屋の窓の外を眺めていた。そこには吸い込まれそうな闇が、果てしなくとひろがっていた。
「へぇ……結構な数がいるんだね……」
李留の目には、その暗闇を無数に飛び交う、妖精の姿が視えた。
皆、楽しそうに光輝きながら、気持ち良さそうに小さな羽を震わせながら飛び交っている。
思えば、確かに機関で妖精を見る事もとても多かったけれど、母星でここまでの妖精の数を視た事はなかった。
生まれた時から、自分にだけは視えるこの妖精達を、李留は友人の様に思ってきたし、決しておとぎ話の中の存在だけと思ってはいなかった。
けれど、妖精の正体を深く考えた事はなかったのも事実で、ステーション外の宇宙空間を、自由自在に泳ぎまわる妖精達の姿に、正直色々を考えざるをえなかった。
これだけの数がここにいる所をみると、妖精のルーツはこの月なのかもしれない。
「遥さんにも視えるのかまた明日聞いてみなくちゃ。あと、大和さんにも」
李留は、そう独り言を呟いてベッドに横になると、一瞬で眠りの世界の住人となった。
◇
【皆、聞こえる?そろそろ起きて、昨日の部屋に集まってほしい。】
大和の声で起こされた【2%】の面々が、自室からぞろぞろと集まってきた。
「今日の食事を渡すから、手を出して頂戴」
リーダーの遥が集まってきたメンバーの掌に、順番に一粒のカプセルを乗せて回った。
皆、戸惑いながらそれをゆっくりと口にした。
「あぁ、確かに喉の渇きや空腹感が一瞬で消えるんだね」
暖は驚きながら感想を述べた後、同意を求めるかの様に沙羅を見た。
沙羅も「本当、凄いわこのカプセル」と驚きの言葉を口にしながら暖を見つめた。
「でもさぁこんなのが食事なんて味気ないにもほどがあるよな。大和は【2%】に所属変更になったとはいえ、【サイエンス】では俺よりトップの開発者だったんだからさ、何とかしてみろよな」
ベイがぶつくさと文句を言いながら、カプセルを口に放り込んだ。
大和はそんな煽り文句に見向きもせず、何やら機器をひたすらに操作し始めた。
「言われなくても、ベイが喜ぶシステムはもう開発済み」
大和がそう言うと、ベイの目の前の空間に料理皿の映像が浮かび始めた。
「何ですかこれは?」
ワッカが不思議そうにあらゆる角度からそれを観察をした。
「ベイ、それをよく見て?メニューが見えるだろ?」
ベイは大和に言われるがまま、そのいきなり現れた料理皿を凝視した。
「うわ!見えるよ!ステーキにサラダ、お菓子もある!!え?これをどうするんだよ??」
「左側にチェック入れる箇所が見える?食べたいメニューにチェック入れてみて?」
「わかった……これでいいの?」
「ステーキか、本当にベイは【サイエンス】時代から食いしん坊だな。じゃあこっちにみんなで来てみて。」
大和が部屋の扉から出て行くと、皆も後に続いた。
暫く真っ直ぐの廊下を進むと、どこから見てもレストランにしか見えない作りの一角が見えてきた。
ステーション内に何故こんな場所があるのだろう。
メンバーはキョロキョロとその異色な施設を見回した。
よく見ると、パッと見はレストランだけれど、キッチンは無く、客席のテーブルと椅子がいくつかがあるだけで、食事メニューが普通なら置かれているショーケースの中身も空っぽだった。
「とりあえずベイ、中に入って座ってみてよ」
大和にそう促され、訳がわからないままベイは中へ入ると、一番入口近くのテーブルの椅子に一人で腰かけた。
「うわぁ!旨そう!!」
腰かけた瞬間、いきなりベイがいきなり絶叫したかと思うと何かを食べ始める動作をし始めた。
「ベイ!大丈夫??」
真琴が、何もないそのテーブルの上に、まるでステーキがあるかの様に食べる動作を続けるベイが心配になり駆け寄ろうとした。
大和は真琴の右腕を掴み引き留めて、首を横に振った。
「これはバーチャルで食事を体感出来るシステム。まだ試作の段階だけど、ベイがあれだけ夢中になるって事は大丈夫そうだな。」
「味も?まさか再現出来るの?」
遥が驚きながら大和に尋ねた。
「出来てるはずだよ。月での生活でオンとオフは大事だからね。任務以外の息抜き用の施設は色々この一角に揃えてみたから、また皆活用してみて欲しい。
まぁ、あくまでバーチャルで実際のそれには劣るけど、気持ち的にはプラスに働くはずだと思う」
大和の説明を皆が無言で聞き入っていると、沙羅が急にゆっくりと大和の前に近づいてきた。
「何?双子のお姉様?」
「えっと、レシピさえあれば、例えば私が働いていたカフェのメニューとかも再現出来たりするのかなって……」
「出来るよ。沙羅がカフェ出身なら逆に有難いね。またその、レシピのデータ俺に送ってくれる?」
「本当に!?あ、有難う………」
すると、背後からバーチャル食事を終えたベイの大きな声が聞こえてきた。
「このレストラン最高!滅茶苦茶旨かったよ!俺、毎日通うわ!」
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