第14話~旅立ち~



「今日は、鞍馬に会いに行ってくるわ。」


真琴はドレッサーに座り、長い髪の毛を櫛でときながら、沙羅に話しかけた。


「えぇ、楽しんでくるのよ」


沙羅は真琴の分のミントティーをカップに注ぐと、真琴に差し出した。

真琴は櫛を沙羅に手渡し、ミントティーを受けとると口にした。


「美味しい。」


そう呟く真琴の髪を、沙羅はゆっくりと櫛でとかしながら両サイドの髪を編み始めた。それは小さい頃から、何度となく繰り返された日常の光景で、二人はその平和な時間を味わった。


月ではきっとこんな時間を持つ事は出来なくなるだろう。色々と不安な気持ちが沸き上がるのを感じながら、双子姉妹はそれを口には出さず、ただただ静かな時間を噛み締める事に専念をした。


「有り難うお姉ちゃん、じゃあ行ってくる」


真琴は鏡に映る自分の姿を入念にチェックし終えると、鞄を右手で持ち、玄関へと向かった。


「真琴!」


沙羅に呼び止められ、真琴は振り返った。

沙羅は少し思い詰めた表情で立ち尽くしていた。


「お姉ちゃん何?晩御飯なら今日はいらないわよ?」


「ごめん真琴。やはり、貴方はここに残すべきだった。」


真琴は瞬時に沙羅の想いを受け取った。


父親を一人にする事、鞍馬と離れる事、色々を考えた時に、自分もそうしたかった気持ちは正直ある。

でも、多分沙羅には私が必要で、私には沙羅が必要なのだ。生まれた時からずっとずっと一緒にいた、私達は双子なのだから。


真琴は、微笑むと


「仕方ないわ。お姉ちゃんしか私の髪のセットは出来ないんだもん。行ってきます!」


そう言うと、扉を開き鞍馬の元へ出掛けて行った。






久しぶりに元職場である花屋に着いた真琴は、大きく深呼吸をした。

殺伐とした街の中で、そこだけは花の香りが満ち溢れている。だから真琴はこの場所が大好きだった。


最近まで毎日花束を作ったりしていた自分が、まさか月に行く事になるなんて……そう思いながら、真琴は懐かしい店内へと入っていった。


「真琴!」


そこには、エプロン姿の鞍馬が立っていた。


「え?鞍馬だけ?」


自分と李留が辞めたあとは、新しい従業員が入っているとばかり思っていた真琴は驚いた。


「まぁいいじゃないか。とりあえずそこに座って?時間あまり無いんでしょ?李留君から聞いてる。」


従業員用の椅子を促された真琴はそこに座ると、俯いて黙りこんだ。

すぐに従業員が見つかったと言っていた鞍馬の話は、きっと自分を安心させる為の嘘だったに違いない。

それなのにそれに気づかなかった自分は、なんてひどい人間なのだろう。


すると、鞍馬は下から真琴の顔を覗きこんだ。


「どうしたの?暗い顔して。真琴はひどい人間じゃないよ?」


「何で気持ちがわかるの?鞍馬こそサイキッカーみたい。」


「そりゃわかるさ。真琴専属のサイキッカーだからね。専属だから機関には入れないけど」


鞍馬はおどけた口調でそう言うと、ポケットからカメラを取り出した。


「今日は沢山、一緒に写真を撮ろうよ。離れてる間もその写真があれば、お互い近くに感じる事が出来るよきっと。ね?そうしよう」






3日後の朝


双子姉妹が機関に戻る日を迎えた。

暖と李留が迎えに来てくれて、鞍馬は見送りにやって来ていた。


「暖、この子達を頼んだよ。そして帰って来たら本当の息子になってくれるのを楽しみにしているからね」


父親はそう言って、暖の両手を固く握りしめながら涙を浮かべた。


「パパったらまた暖にそんな事押し付けて困らせるんだから、ごめんなさいね暖」


暖はそう言う沙羅を、少し困った表情で見返すと


「おじさん、安心していて下さい。では、行ってきますね。じゃあそろそろ機関へ出発しようか。」


そう言って、玄関へと向かった。それに続いて、皆も玄関へと向かい始めた、


沙羅と真琴今日はお揃いの赤色のワンピースに身を包んでいた。それは父親からのプレゼントだった。


「荷物になると思ったんだけど、これ」


鞍馬が一輪の赤いバラの花束を、双子姉妹と暖と李留に手渡してきた。


「うわぁ、オーナー有り難うございます!」


李留が子供の様に喜びそれを受けとったのとは真逆に、真琴は今にも泣き出しそうな顔でそれを受け取った。


「今日の洋服の色とよく似合ってる。赤色にして良かった。」


鞍馬がそう真琴に告げると、先日撮った写真だと一枚の写真を差し出した。


その写真の中には、笑顔の真琴と鞍馬がいた。


「端末でやり取り出来るし、毎日メッセージを送る、だから笑ってよ真琴。笑って行っておいで」


真琴はその言葉にさらに泣きそうになりながら、無理矢理笑顔を作ってみせた。


「じゃあ行ってきます」


そして、沙羅と真琴、暖と李留の4人は機関へと戻ったのだった。




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