第10話 噂の真相 下

飢饉をやり過ごすために行われた儀式、それはいつしか豊作を祈る祭事に変わったという。

では、何故その祭事も無くなってしまったのか。


今まで話してくれていた神主さんが、休憩とばかりに深く息をつく。

それを見た用務員さんが続きを話し出した。

儀式は収穫祭へと形を変えたが、真実を知る者たちは土地神のご機嫌を取るという根本的な部分がそのままなことに不安を抱いていた。

捧げものを続けることで災害こそ起こらなくなったものの、いつまた不幸が起こるかわからない上そのたびに土地神に結びつけて怯えるのももう沢山だった。


そして彼らは思い切った行動に出る。

慰霊碑のある場所に校舎を建てたのである。

子供たちの日常という俗世に溶け込ませることで、その超常性を削いでいこうという考えだ。

これは賛否が分かれたが、推進派が学校を建設しようとする関係者に有利な取引を行ったとかで計画は進められることとなった。


新設された学校には生徒たちに気づかれないように地下に祭壇を作り、定期的に祈りを捧げて犠牲者の魂を鎮める保険も掛けた。

今でも神主さんが出入りしているのはこの為だという。

慰霊碑が人目に付きやすいようにそれを囲うように校舎が建てられ、当時の休み時間などには物珍しさに生徒たちが見に来たりもしていたそうだ。

そんなある日、噂が流れ始めた。


「夜の学校に子供の幽霊が出る」


誰が言い始めたかわからないそれは、ありきたりながらも多感な時期の生徒たちの興味を大いに集め、一大ブームになったという。

結局、一部のやんちゃグループが夜の学校に来て見たものの、見回りの先生にしか会わなかったというオチで噂も徐々に下火になりちょっとした怪談という位置づけに落ち着いた。


しかし、この手の話にに熱心な生徒がこれ以降も深堀をした結果、ミカエリ様に辿り着いてしまったという。


「倉庫からいろいろ知ったんなら、新聞記事もみたんやないか?60年前の失踪事件の。」


日下部が持ってきた奴だろう、俺はうなずくとともに察した。


「その記事の男子生徒はわしじゃよ、そんで見つかっとらん女子生徒がミカエリ様を調べ取った、隣の席だった子や。地下の祠であの子は何を願ったかは知らんがその願いの結果ミカエリ様の世界に引きづり込まれたままなのかもなあ…。わしはなんも願わないでいたから返してもらえたと思っとるよ。」


「…そういえば、もう1人ミカエリ様にお願いしてしまった子がいるんですがその子は?」


そういうと2人は気まずそうな顔をして、


「日下部さんだったかな?その子は…、いなくなってしっまたんですよ。」


心臓が止まるかと思った。だってあの時確かに背負って地下から一緒に出たのに。


「君より先に親御さんが迎えに来てそのまま家に帰ったんですがね、そのあとすぐ電話があったんです、部屋で寝かせていたはずなのにいなくなったと。警察は勿論、神社のモノも今旧校舎周りを探しているのですが連絡がないところを見ると…。」


俺は日下部の願いの内容を伝えた。すると神主さんは顔を覆い、


「ミカエリ様への願いは良くも悪くも必ず叶うのです。恐らく長い年月を経た結果の力なのでしょうが。しかしそうなると日下部さんは…。」


ショックで何も言えない俺と、かける言葉を見つけられないであろう2人との間に沈黙が流れた。


少しして神主さんから帰って休むように促された、何かあったらまた来るようにとも言ってくれた。


言われるがままに俺は岐路に着き、ボーっとしたまま歩いていつの間にか家に着いていた。俺以外出払っている家の中はシンとしていて不気味だ。


自室に戻り、崩れるように布団に倒れる。どうしてこんなことになってしまったのだろう。あの新聞の記事を知った時に止めていたら、明らかに怪しい地下室を見つけた時に引き返していたらと後悔は尽きない。


何をする気も起きず、ただ神主さん達の話を頭で反芻する。飢饉、生贄、願い…。

そういえば、神主さんはミカエリ様への願いは絶対に叶うと言っていた。俺の願いは日下部とお近づきにだったが、その日下部はもういない。

こういう場合はどうなるのだろうとぼんやり考えていた時、インターホンが鳴った。

あまりにも突然で心臓がグッとなったが、すぐ脱力する。今はどうにも動く気になれない、来訪者には悪いが居留守をさせてもらおうとしたその時、


「伯部君、迎えに来たよ」


日下部の声が聞こえた。

思わず飛び起きる、当然部屋には俺一人。

インターホンが鳴る。


「早くおいでよ」

声が近づいた…気がする。

いやありえない、だって日下部はミカエリ様に連れていかれて―


インターホンが鳴る。

「一緒にいてくれるんでしょ?」

声が近づく。

夏の暑さとはまた別の汗が噴き出るのを感じる。


インターホンの音が鳴りやんだ。

「ミカエリ様がね、君の願いを叶えてあげるって。」


耳元で聞こえたその言葉の意味に、俺はただ震えることしかできなかった。














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ミカエリ山の旧校舎 稲作春秋 @kooimusi893

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