第8話 脱出
元の時代と繋がった電話で帰る方法を知った俺たちは早速行動を起こすことにしたが、幽霊ことミカエリ様も最初遭遇した以上に激しく襲い来る。
夜明けも近い、儀式の供物とそれがある教室の鍵を何としてでも見つけなければ。
二人同時に職員室を飛び出したが日下部はすぐ目の前の階段を駆け上がって二階から向かうようだ。
俺はそのまま廊下を進み、ミカエリ様はこちらを追ってきている。
そして、今までそうしてきたように相手との距離を測るべく後ろを見る。
まだ距離はあるのだが何か変だ、輪郭がぼんやりしているどころか崩れているような…?
それだけではない、今まで撒けた時と同じ時間くらい走っているはずなのにあまり距離が広がっていない、寧ろ徐々に近づかれている気さえする。
(本気出すと身体能力も上がるってか?冗談じゃない‼)
心の中で愚痴を吐いたところで何も変わらない、もう後ろを確認する余裕はないようだ。
俺の担当する視聴覚室は教室のある棟の最上階端にある。
このままミカエリ様を引き連れたままだと探すに探せないので、また撒くしかない。
多少回りくどいが先ずは階段を駆け上がり一気に三階を目指す。
ミカエリ様もついてきたが、飛ばしたおかげで距離ができた。
そしてすぐ反対の階段に向かい、今度は一気に下る。
下りは、体に負担は掛かるが速さを重視して手すりの真ん中辺りから乗り出すことで、下るというよりは落ちるように進む。
このラフプレーにはミカエリ様もついて来られなかったようだ、上の方から階段を下りる小さな音が聞こえる。
乱暴な動きで膝や足裏に大分疲れが来ているが、ここで休むとかえって動けなくなるかもしれない。
間髪入れずに反対の階段へ向かい、上りだすが二階に着いた時点でもう走る余力は残されていなかった。
ここからは自分の位置がバレないように音を出さずにゆっくり進むことにした。
階段の踊り場まで来たところで使わない鍵を思いっきり下へ投げ飛ばす。
「「チリィーン…チリィーン…」」
紛失対策に付けられた鈴が廊下に響く、申し訳程度の撹乱になってくれればと思う。
視聴覚室に着いた、鍵が締まっていたが問題なく入る。
内鍵を閉めその場にドサッと尻餅をつく形で座り込む。
身体測定の長距離走をさせられたときみたいだ、階段の上り下りがあったからそれ以上かもしれない。
休むのもそこそこに部屋を漁る、と言っても視聴覚室なのだからプロジェクターと映像を写す垂れ幕ぐらいしかない。
教員が使うマイクなどの台も特に変わった所は無い。
他に鍵をしまえそうな場所はとウロウロしていると、
「リィーン…」
何かを蹴飛ばしたようで、マットの上で弱い音が弾んだ。
聞き覚えのある音のした方へ向かい、じっと床面を見ていると鈴付きの鍵がった。
教室-1とタグに書いてある、当たりのようだ。
これで後はお供え物を見つけて帰ることを願えば終わるだろう。
視聴覚室を後にし3-A教室を目指す、順当に俺を追いかけてきているならミカエリ様は3-Aから遠ざかっているはずだ。
一階まで降り、3-A教室を前にする。
唯一施錠されていた普通の教室、きな臭いとは思っていたが本当に打開策が眠っているとは思わなかった。
鍵を開け中へ入ると他の教室と変わらないのに急に気分が悪くなった、吐き気とかではなく全身がひたすらに気怠い感じだ。
更に言えば誰かが見ている…ような気配もする、分かりやすく目玉でもあった方がマシかと思うほどに何もない所からの視線を感じて気味が悪い。
ここに長居してはいけないと本能的に察し、急ぎ机の中を漁り始める。
今までの様に教材に混じって手紙は出てくるが、流し読みでも供物に関係がないのが分かる。
ポケットに押し込み次、その次と机に食って掛かるが進展はない。
儀式には生き物が必要だ、もしかしたら食べ物でもいいのかもしれないがそのどちらも教室には本来無いはずの物だ。
途中から疎かにしていたロッカー等も見るが菓子の類なども見当たらない、こんな状況になるならここの生徒達にはもっと羽目を外していて欲しかった。
もうロッカーも探し終わるというところであるものに気がついた。
それはロッカーの上に置かれていた、水槽のようだ。
中では金魚が泳いでいる、もしやこの魚たちを供物にしろということだろうか。
気が引けるが、他に供物に相応しい物は見当たらないので軽く手を合わせて水槽から二匹の金魚を取り出し、集めた手紙のいくつかに包んですぐに教室を後にした。
結局廊下に出ても視線を感じたままであった、走っても走っても付きまとう不快感に嫌気がさす。
そうして何とかミカエリ様にも遭遇せずに職員室まで戻ってくることができた。
日下部がまだ来ていないようだが、儀式の手順は手紙の通りに行えば問題なさそうなので先に準備しておく。
金魚を二匹、祠に納めるところまで済んだがまだ日下部は来ない。
彼女が探しに行ったのは、職員室から見て一番奥の棟にあるコンピューター室だ、俺より遅くても不思議ではない。
だが俺は嫌な予感がしていた。
幽霊を引き離して部屋を漁ったが、あの移動速度ならば俺が部屋を出る時に鉢合わせていてもおかしくない。
それに3-A教室に侵入してから今までずっと感じている視線、もしミカエリ様の視線だとしたら、そして俺だけでなく日下部にも向けられているとしたら…。
堪らず職員室を飛び出してしまった。
俺で撒けるんだから日下部が後れを取るはずないと思う、だがどうしてか不安が拭えない。
再び3-Aに向かうとそこに日下部は居た。
部屋は少し荒れていて彼女は床に横たわっていた、もしかしたらミカエリ様に襲われたのかもしれない。
「おい、日下部!しっかり!」
声を掛けても反応は無いが呼吸はしてる、どうやら気絶しているだけのようだ。
背中に負ぶって教室を後にする。
急いでいて気付かなかったが、さっきまで感じていた視線はいつの間にか消えていた。
ミカエリ様の力が弱まったのだろうか、だとしたら有難い。
職員室に戻って早速、儀式を再開した。
今回の願いは自分達を元の時代に戻してもらうこと、日下部はどれだけ揺すったりしても起きる気配がなかったので、やむなく自分一人で決行した。
自分だけの願いで二人とも元に戻れるかが不安だったが、どうやら心配はいらなかったらしい。
次に地下室から出た時そこはひどく荒れていて、割れた窓から朝日が差し込んでいた。
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