第5話 合流
予定していた一階の教室を調べ終えた俺は、日下部と合流するべく図書室を目指し進んでいた。
しかし、途中で女子生徒の幽霊らしきモノに出くわしてしまい逃走を余儀なくされる。
身を隠しなんとかその場を凌ぐことに成功した後、急ぎ図書室へ向かうのだった。
階段を下りて再び一階に戻る。
先程の幽霊の気配は近くに感じない。
思いっきり走りたい気持ちを抑えて進み、やっと図書室に着いた。
距離的には大したことは無いが、どっと疲れたように思う。
中に入ると、そこに日下部の姿は無かった。本棚の死角やソファの裏を覗いてみるが見当たらない。
何処にいるのかと本棚の死角やソファの裏を覗いていると、ガタっと後方で音がした。
恐る恐る音のした方向に目をやると、そこには掃除道具入れがあった。
どこにでもある灰色の奴だ。
「日下部なのか…?」
声を掛けると、ゆっくりと扉が開く。
中から涙目の日下部が顔を出した。
そして俺を見るや否や飛びついてきた。
勢いに負けて尻餅をついてしまう。
「おっ、おいどうしたんだよ!?」
「怖かったぁ、怖かったよぉ…!!」
すすり泣く日下部を宥め、何があったかを聞いた。
「図書室に着いてから歴史の本とかを中心に読み進めてたんだけど、廊下の方から足音が聞こえて…。それで入口の方へ見に行ったら明かりが見えて、伯部くんだと思ったら分かれ道の方から誰か出てくるのが見えて。そしたらその人顔が真っ黒で…。怖くなってそれで…ずっと隠れてたの。」
どうやら俺の明かりで照らされたヤツの顔を日下部も見てしまったらしい。
そりゃあ、あんなものみたら怖いに決まってる
しかし、こんなに元気のない日下部は初めてだ。
適当な慰めでは効果も無さそうなので、話題を変えて罪悪感から意識を逸らさせる。
まずはこちらの成果を報告することにした。
鍵を見つけたこと、生徒間でやり取りされているであろう手紙にミカエリ様の話が上がっていたこと、施錠されている部屋の存在、そしてあの幽霊。
「さっきの奴、もしかしなくても幽霊だと思うんだが、あれが話に挙がってるミカエリ様なのか?随分攻撃的だったけど。」
「…どうかなあ、伝承では概念的で実体が無い存在として語られてたり、人型だとしても性別はあやふやで…。あ、でも容姿についての記述はどれも子供のようだって書かれてた気がする。」
子供の定義は曖昧ではあるが、あの制服姿を素直に信じるなら中学生という事になる。
十分に子供と言えるだろう。
「とりあえずあの幽霊がミカエリ様かどうかは置いておくか。本人だとしてもとても願いを聞いてくれるとは思えん。」
「そうだね、それにもしかしたらただの幽霊とも違うかもしれない。旧校舎の噂に出てくる幽霊はどれもぼんやり人影が見えたってぐらいだから、あそこまでくっきり見える幽霊のことは私も分からないかな。」
「まあアレの正体は追々調べるとして、今度は日下部の方の情報教えてくれよ。なにか見つかったか?」
そこからは日下部が図書館で得た情報を教えて貰った。
最高学年の利用する図書館だけあって小難しい歴史の本もちゃんと置いてあったようだ。
だが、それらの内容は神社で読んだ文献とほぼ同じだったらしい。
違うことと言えば、元の時代では神社にしかなかったような歴史の本が学校の図書室に置いてあることだ。
「この時代にはこの土地についての詳しい歴史の本が普通に学校に有ったんだな。なんで俺らの学校には置いてなかったんだろうな?」
「確かにそうだね。いろんなお祭りとかの記録もあるし、いっそ授業に取り入れても面白そうなのに…。学校はおろか町の図書館にも無いなんて。」
そういえば、神社にしか置いていない理由は知らないな。何か歴史絡みで一般の人に見せられない出来事があったのだろうか。
「全部見れたわけじゃないけど、私が持ってる情報はこれくらいかな。あんまり役に立ちそうにないね。」
「いやいや、歴史関連の情報がこの時代は学校にあったってだけでも十分な収穫だろ。これから行く場所でも、ミカエリ様とかそれに関わる話が載ってる資料があるかもしれないってことだろ。」
これから行く先にも有力な情報が眠っている可能性があるというのはとても心強い。
「じゃあ次はどうする?一応、まだ資料室とか校長室が残ってるけど二階に行くかどうか。」
「じゃあ、さっきの話にもあったけど鍵も必要だから職員室に行くついでに奥の資料室に行ってみようかな。」
とりあえず一階を網羅する方向で話が決まった。
早速職員室側へ向かうのだが、
「…なんか、近くないですか?」
図書室に向かっていた際の勢いはなく、俺の横に並んで歩いている。
手が触れ合うくらいに近づいて。
「ごっ、ごめん…。ちょっとまだ怖くてつい…。」
「なんか意外だな、寧ろ興味持ってガツガツ近づいていくもんだと勝手に思ってたよ。」
「怖いもの見たさって言葉があるように、恐怖心と好奇心は共存するんだよ。今までも変な声とか物音を聞いたときは怯えながらも発生源を探したりしてたんだけどさ、いざ本物にあったら足がすくんじゃって…。大丈夫って高を括ってた自分が恥ずかしいよ。」
まあ分からなくはない。
ただ今回は相手が悪かったようだ。
実際、追いかけられている最中も、とてもフレンドリーな雰囲気は感じられなかった。
「これに懲りたら怪談話の検証も控えることだな。今年は俺らも受験だし、いい機会なんじゃないか?」
「そうだね。次からはもっと下調べして安全性を確認してからにしないとね。」
暗にやめろと言ったつもりだが、この調子ではハッキリ言っても聞かないだろう。
「好奇心は猫をも殺すって言うだろ。今回だって帰れ…帰った後どうなってるか分からないんだぞ?捜索願とか出てたらどうするんだよ。」
帰れるか分からないとは言えなかった。
ネガティブな考えを口に出してしまうと自他共に士気を下げかねない。
だから最悪の想定は胸の内に留めることにした。
「わ、分かってるよ…。巻き込んだのはホントに申し訳ないと思ってるし…。次からはもっと俗っぽい怪談だけにするからさ。流石に今回みたいなのにはもう会いたくないかな、楽しむ余裕がないよ。」
一応、反省はしているらしいのでこれ以上は突っつかないことにしよう。
そうこうしているうちに職員室に戻ってきた。
鍵の保管場所へ行き改めて種類を見てみると、教室の鍵1~6番と資料室の鍵、地下室の鍵が抜けていた。資料室の鍵は先程見つけられたが教室の鍵がないのは困った。恐らく、全教室共通のマスターキーだと思われるが全部無いとはどういう事だろうか。
「教室の鍵が無いんじゃあ、3-Aには行けないな。」
「さっき見つけた鍵みたいにどこかの部屋に置きっぱなしのままかもしれないね。とりあえず図書室の鍵と…移動教室の鍵も持っていこうか。」
お互い図書室の鍵1つずつに加え、適当に移動教室の鍵を持つことにした。
「ざっとこんな感じかな。職員室と宿直室の鍵はどうする?今開いてるから別に要らないか。」
「それもそうだね。じゃあ鍵はこのくらにして資料室に―」
さあ行こうかというところで日下部が突然青ざめ、言葉が止まる。
「ど、どうしたんだよ?」
「わ、私たちって最初ここで探索してたもんね?」
何かを確認するように日下部が問う。
「ああ、儀式をして地下から上がったらタイムスリップしてて、手当たり次第にこの部屋を漁って―」
そうだ、思い出した。この部屋はもう全部調べてある。
地下室に入って儀式も再度行ったのだ。
一度閉まった地下室にはこの部屋にあった専用の鍵を使って入ったはず。
しかし、目の前の鍵の保管場所に地下室の鍵は無い。
俺は勿論、日下部も持ち歩いていないのだから―
二人して思わず地下室のある方を振り向く。地下室の扉が開いていた。
閉めたはずの扉が。
「「…。」」
緊張と悪寒が駆け巡り、心身を支配する。
今地下にいる何かはきっと人ではないだろう。
日下部が手を引く。
今すぐ逃げようというのだろう。
きっとそれがいいはずだ。
だが俺は首を横に振り、
「俺が確かめに行くから、日下部は先に資料室に行け。」
小声でそう言って資料室の鍵を握らせた。
勢いよく反論しようとする日下部の口を押えて続ける。
「お前も行ってただろ?二手に分かれたほうが効率いいって。幽霊が何処にいるか分らないんじゃあ落ち着いて調べ物もできやしない。できる限り俺が引き付けるからその間にお前は資料室で情報を探してくれ。」
「だ、だけど…!」
「一度俺は幽霊を撒いてるんだ、俺の足は通用する。信じてくれよ」
少し押し黙った後、彼女は了承してくれた。
日下部はこのまま資料室を調べ、俺は戻って幽霊を引き受ける。
逃げるついでに俺は二階の探索を行うつもりだ。
集合をどうしようか考えていると、日下部が時計を指差す。
今は午前四時前くらいだ
「ここは時間がちゃんと流れてるみたいだから、そうだなあ…四時半に資料室で落ち合おうよ。もし四時半を過ぎても伯部くんが来なかったら、私も二階を探しにいくってのでどう?」
「よし、そうしようか。」
最後に合言葉を決めて、資料室へ送り出した。
幽霊は追ってくるときに階段を上ったり、地下に入るのにわざわざ鍵を開けたりしている所から、恐らく実体があってすり抜けたりできないのだと思う。
鍵を閉めてしまえば中に入ることはできないだろう。
鍵を開ける際は合言葉があれば俺だと分かるし、強引にこじ開けようとしてきたら幽霊だと身構えられるだろう。
別れ際の「無事にまた会おうね、絶対だよ。」という、心配と激励の入り混じる言葉を数回頭の中で反芻し、覚悟を決める。
三度、職員室の中へ入る。
幽霊がいると分かった上で来てみると空気が重苦しいような気がする。
地下室の入口は相変わらず開いたままだ。
誰かが来るのを待ち構えているようにも感じる。
まずは下りずに覗き込むようにして中の様子を伺う。
すると奴はしっかりと居やがった。
祭壇の前で何やらゴソゴソとしている。
耳を澄ませて音を拾ってみると、サクッと音がした。
暗がりで良くは見えないが、顔の方に手をやっていることから何か食べているのだろうか。
でも、こんな場所に食べ物なんて…。
少し怖いが、あることを試す意味も兼ねて懐中電灯の明かりを点けて幽霊に向けてやった。
幽霊は気づいている様子も無く何かを食べている。
(やっぱりだ。こいつは目が見えない、音で俺のことを追ってきたんだ。)
最初に邂逅した時、光を浴びても何もしてこなかったのに俺が悲鳴を上げた途端向かってきたことから推測していたが、的中したらしい。
これで、探索中明かりを使うことに躊躇はしなくていいだろう。
(さあ、お次は何を食べてるかだ…。)
後ろを向いていて口元は見えないが、足元に落ちている物を見てすぐに分かった。
見覚えのある駄菓子の包装、俺が買ってきた物だ。
奴は祭壇のお供え物を食べているらしい。
あの祭壇はミカエリ様に関わるものだ。
そこのお供え物を食べているという事は…
「―うぉっ!?」
前のめりのまま考え事をしていた所為で、カーペットがずれて体制が崩れてしまった。
反射的に出る声はどうにも止められない。
ぐるり、幽霊の顔がこちらを向く。
真っ黒で底の見えない顔で。
…バレちまったもんは仕方ない、半ばヤケクソに叫ぶ。
「幽霊風情が!捕まえれるもんなら捕まえてみなあああ!!」
再び鬼ごっこが始まった。
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