第4話 旧校舎の幽霊
儀式を行った結果昔の旧校舎に迷い込んでしまった俺たちは、手分けして元の時代に戻る術を探すことにした。
宿直室で見つけた旧校舎内装の図面を見ながら懐中電灯で廊下を照らし進む。
旧校舎は三階建てであるが、職員室や資料室等の役職者が使う部屋は一階に集中しているようだ。
上の階層からは生徒たちが利用するであろう教室がほとんどであり、他には図書室があるぐらい。
どうも配置は俺の時代の校舎とほぼ同じらしい。
今居る一階に大部分の情報があると思われるが、それはつまりここで成果を挙げられなければ大分苦しい状況に追い込まれるということでもある。
まあ、タイムスリップ紛いの状況に巻き込まれている時点で十分追い込まれているのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、分かれ道に来た。
左は図書室がある行き止まり、おそらく日下部が既にいるのだろう。
正面には外を通って別の棟に行くための扉があるが、例によって開かない気がするので特に取り合わない。
ここが開かなくとも、二階に行けば渡り廊下から別の棟に行けるはずなので特に問題は無さそうだ。
俺は右側の各教室から当たることにした。
最初の教室、プレートを見ると「3-D」と書かれている。
どうやら下の階ほど高学年の生徒が利用していたらしい、俺の学校と同じだ。
中に入ってまずはロッカーを探ってみる。
ほとんどは体育館シューズと思われるもの以外に何も入ってなかったが、2、3個のロッカーにはいろんな物が詰められたままになっていた。
ただ、いろんな物と言っても体操服や授業のプリントらしき紙ばかりで有益なものは見当たらない。
次に机の中を覗いていくが、こちらも空っぽかせいぜい教科書やノートが入っているかである。
ペラペラとページを捲っていくが特に何か挟まれているわけでもなく捲り終わる。
だが何個目かの机から同じように教科書類を取り出し捲っていくと、メモのような物が挟まっているのを見つけた。
それは内容からして手紙のようで、授業後の予定についてのやり取りが一枚の紙に順々に綴られている。
これが昔流行ったらしい手紙回しという奴だろうか。
結局手紙はこの一枚だけで大した情報の足しにはならず、最後に教員用の机と思われる引き出し付きのゴツい机を漁っていく。
採点用の赤ペンや穴あけパンチなどのいかにもな用具があるだけかと思われたが、なんと鍵が出てきた。
職員室の鍵の保管場所にはいくつか掛かっていない鍵があったが、そのうちの一つだろうか。
タグには「資料室」と書いてある。
(…そういえば、どこの部屋も鍵って開いてるのか?)
職員室や宿直室に鍵が掛かっていないことから勝手に断定していたが、考えてみれば全ての部屋が開いている保証はないのだ。
日下部の姿が見えなかったということは、一階の図書室は開いていて入れたのだと思うが、鍵のかかった部屋がある可能性を考えると合流した後に一度職員室に戻っていくつか鍵を拝借するべきかもしれない。
見つけた鍵をポケットに入れて3-D教室を後にする。
次いでCクラス、Bクラスと覗いていくが先の教室同様、教材がチラホラといくつかのメモ紛いの手紙がある程度であった。
しかし、手紙の中で一枚気になる内容のものがあった。
それには怪談についてのやり取りが記されていて、その中にミカエリ様という単語が出てきているのだ。
伝承や儀式については触れられておらず、化けて出るらしいぞ程度の内容だったが、俺の時代では名前すら出ていないことを考えるとこの時代では割と身近にミカエリ様に通じる情報源があったのかも知れない。
他にも怪談について話し合っている手紙からミカエリ様の情報を集めていけば今の状況の打開に繋がる可能性もある。
思わぬ情報源に胸を熱くしながら次の教室である3-Aに向かう。
そして中に入ろうとしたのだが戸が開かない。
ガチャガチャという音や手応えから、窓のような謎の力で開かないのではなく単純に鍵が掛かっているのだろう。
何故ここだけ施錠されているのか疑問には思ったが、理由はさっぱり浮かばない。
まあA組の担任か誰か鍵の管理者が偶々律儀な人で、退出時に施錠したのだろうという事にした。
だが一階にいるうちに施錠された場所の存在を知れたのは幸運だ、今後の探索を円滑に進める為に鍵が必要だと確信を得られたのだから。
予定していた箇所の探索も済んだことなので、日下部の担当している図書室へ向かうことにした。
探索に熱心だった間は気にも留めなかったが、誰もいない闇の中で自分由来の音しかしないというのは若干の恐怖を煽る。
そんな恐怖から逃れる為に、努めて足音を鳴らさないように歩いていると先程の分かれ道が見えるところまで来た。
突き当りまで行けば日下部のいる図書室がある。
しかし、俺はそこで立ち止まってしまった。
と言うより突然襲ってきた尋常ではない怖気に支配され身動きが取れなくなってしまったのだ。
懐中電灯で照らされた先に誰かがいる。
距離があって鮮明には確認できないが日下部でないことは分かる、彼女は図書室にいるはずなのだから。
思わず声を挙げそうになってしまうが、辛うじて手で口を覆うことができた。
その何者かは分かれ道の丁度真ん中に突っ立っている。
こちらには気づいていないようだ。
逃げたい気持ちは山々だったが、もしかしたらここの生徒かもしれない可能性もある。
帰るために情報を集めなくてはと自分を鼓舞し、恐る恐る近づいていく。
女子生徒用の制服を着ているようだ、しかもデザインが俺たちの制服と同じようだ。
(もしかして、この学校の生徒か!?)
見慣れたものについ安心してしまい、警戒心が緩む。
そうして声を掛けてしまった。
「あのっ、すいません。ここの生徒さ―」
言い終わらないうちに女子生徒がこちらを向いた。
のだが、その顔を見て「うぇあぁ!?」と情けない悲鳴を上げてしまった。
真っ黒だった。
目も鼻も口もなくただ真っ黒なのっぺらぼうのような顔がこちらを振り向いた。
目が無いのに、確かにこちらに意識を向けているのを感じた。
堪らず走り出す。
するとソイツもこちらに向かって走ってきた。
完全に俺を認識している。
幸い足は俺の方が速いようで、このまま走っていれば撒けるはずだ。
この廊下は3-A教室が突き当りになっていて、少し手前に二階へ続く階段がある。
合流まで階の移動はしない取り決めだったが、この状況では仕方ない。
急いで階段を駆け上がる。
2階に上がり俺はすぐさま近くのトイレに駆け込んだ。
大便の個室に入り、急ぎ鍵を閉める。
懐中電灯の明かりも消して息を殺す。
扉で遮られてしまっているが、階段を何かが駆け上がってくる音が聞こえる気がする。
(こっちに来るんじゃねえ…!)
そう祈って便座の上で縮こまる。
どれくらいそうしていただろうか。
自分の呼吸の音しか聞こえなくなったころ、意を決して便座から立ち上がる。
ゆっくりと、本当にゆっくりと扉を開けて辺りを伺う。
どうやらアレはどこかへ行ってしまったようだ。アレが旧校舎の幽霊なのだろうか、あんなに禍々しいとは思わなかった。
思い返してみれば身体の輪郭も若干ぼやけていたような気がする。
ミカエリ様かどうかは分からないが、人間でない存在には間違いない。
懐中電灯を点け直し、極力静か且つ足早に一階へ降りていく。
日下部に伝えなくては。
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