第3話 60年前の旧校舎

何が起きたのだろう、理解が追い付かない。

儀式を終えて地下から上がってきたら、何瓦礫は片付いてるし窓は修復されている。

机も新品とまではいかないが現役の雰囲気を醸し出してる。


「…ここ、どこだ?」


「…ごめん、私も何が起こったのか分からない…。」


やっと絞り出した問いに、日下部も力なく返事をする。


「と、とりあえずいろいろ見てみるか?」


そうして、少しでも状況を理解しようと部屋の中を見て回ることにした。

懐中電灯で照らすと、整頓された机回りに書類の棚、床には鮮やかなカーペットが敷かれているのがよく見えた。

それらに触れてみると、しっかりと自分のよく知る布や紙の触感が伝わってくる。

夢や幻ではないということか。


「日下部君、ちょっとこっちに来て。窓を開けてみて欲しいの。」


言われるままに窓に手をかける。

だが、ビクともしない。

鍵は掛かっていないのに、どれだけ力を込めても少しも動かないのだ。

建付けが悪いとかいう次元ではない。


「なんだこれ、開く気配がしねえぞ。」


「嘘、伯部君でもダメなの!?なんでこんなに固いのよ…。」


流石の日下部も焦っているようだ。

口調からも珍しく動揺が見て取れる。


その後も何度か挑戦したが無駄だった。

諦めて部屋の物色を再開するとふと机にある新聞紙に目が止まった。

記事の内容自体は普通の新聞とほぼ変わらないだろうが、問題なのはその日付けだ。


「これ、さっき見せてもらった記事の3日前の記事だぞ!?」


「えっ…さっきのって、だってあれはずっと昔の記事なんだよ?そんなことあるはず…。」


驚く日下部にも記事を渡す。

信じられないという感じだったが、日付以外にも記事の内容まで見て納得したような諦めたような表情になった。


「ここに書いてある収穫祭ってやつ、これ神社の文献で見た奴だ。文献には60年前を最後に終わってるって載ってたはず…。」


「じゃあ、今いるのは…、60年前の旧校舎ってことなのか?」


にわかには信じがたいが建物の具合や辺りの日付の載っているものを見るに、どうやら俺たちは60年前の旧校舎にいるらしい。


「これ、もしかしなくても儀式の影響…だよな。」


「きっかけになりそうなことはそれしか考えられないね。でも、願いが叶う叶わない以前にタイムスリップするなんて、どこにも書いてなったのにどうして…。」


まだ混乱はしているが、とりあえず自分たちがタイムスリップしたということで話を進めることにした。

そうしないと今後の行動もままならない。


「そうだ!電話ってどうなんだろ。」


思いついた日下部に倣って、俺も手あたり次第に掛けていく。

自宅や友人、110番等にも掛けたしお互いの携帯電話にも試みたがやはりと言うか繋がらない。


次に俺達はさっきまでいた地下に再び降りて儀式を行い、何か効果があるか試すことにした。

在りし日の地下室の扉は先ほど閉じたせいで鍵がかかってしまったようだが、今いる職員室内に保管されている鍵を順々に試していったところ開けることに成功し、中へ入っていく。

日下部が先の手順を再現し儀式を行い、お呪いを唱え終わったところで祈る。今回は、お互いに「元の時代へ帰れますように」と願うことにした。


ある程度時間が経ったところで目を開けるが地下室の様子に変化は見られない。

ゆっくりと階段を上がり、上の様子を確かめに戻る。


だが、こちらもやはりというか整った空間のままだった、とても現代に戻ったとは思えない。

他に何か試すことも思いつかず、窓の外にも出られない。

訳も分からぬ空間に閉じ込められたという事実を、冷や汗とともにじわじわと感じる。


「…どうする、これから。すまんが俺にはよさげな案が浮かばねえ。」


更に言えば心の余裕も無いが、自虐でも口に出せる雰囲気ではなかった。


「…ごめん、私も…今は思い浮かばないや。さっきの儀式、完全に再現できてたはず。願いが正常に叶うかはともかく何かは起こると踏んでいたんだけど、でも何も起きなかった。一体どうして…。」


そのまま一人考え込んでしまった。

思考の邪魔をしても悪いので俺もまた部屋の中を漁り直すことにしたが、自分で気になるところはほぼ潰してしまっている。

さあどうしたものかと、先程まで格闘していた開かずの窓の方を見やる。

窓の外は月が昇る夜、丁度元の時代で俺達が旧校舎に乗り込んだ時と同じ時間帯だろうか。虫の音や風の音も同じように聞こえる。

それと対照的に校舎からは何も聞こえない。

それはそうか、昔の時代でもこんな真夜中に校舎に残ってる人なんて―


「そうだ!昔って宿直の人はいないのか?もしいるなら今ここにもいるんじゃないか!?」


突然の閃きに、日下部もビクッとなる程の大きな声を出してしまっていた。


「学校の仕組みとかは変わってないと思うから宿直の制度みたいなのはあったと思うよ。…そっか!ならこの場所にも宿直の人がいるかもしれないってことだね!?」


「そうそうそう!しかもついでに思い出したけどさ、俺達まだ職員室の戸が開くか試してなかったよな!?」


異様な空間に閉じ込められたという思いが先行し、とにかく広い空間である外に出ようとしていた所為で忘れていた部屋の引き戸。

開けることができれば別の部屋への移動は勿論、昇降口等の正式な出入り口からの脱出に加えて人に会うことができれば助けて貰えるかもしれない。


万策尽きたところに不意に落とされた希望の種はメキメキと成長し、活力の源となる。

善は急げと言わんばかりに二人して戸に向かう。

これで開かなければまた振り出しに戻る訳だがそんなこと微塵も考えなかった。

絶対に開く、というか開け。

そんな思いで俺は腕に力を籠める。

普段学校でそうするように、引き戸はすんなりと動いた。


「ッよし!」

「やったあ!」


二人で手を叩いて喜ぶ。

まだ解決していないことは山のようにあるが、一つ問題を乗り越えるだけでも人はこうも喜べるのだと実感した。


感動を分かち合うのもそこそこに、廊下に首だけ出して辺りの様子を伺う。

月明りしか光源の無い廊下に人の気配はない。


「旧校舎の宿直室ってどこにあるんだろうな?」


「この図によれば…、職員室の隣だね。私たちの学校と同じだ。」


早速向かうが、これだけ近くに位置しているのに音を立てているこちらへの反応がないということは、あまり期待はできないだろう。

部屋の前まで来たが案の定明かりは点いておらず、人も居ないようだ。

中に入ることはできたので職員室の時の様に探索してみるが、めぼしいものは見つけられない。


「これ、私が持ってる内装の図と全く同じやつだ。」


日下部が校舎の図を見つけたようだ。

作成日時を見比べると、確かに彼女が神社から持ってきたものと同じ物のようだ。


「ここには他に何も無そうだし、宿直室にも人がいないんじゃあ校舎で誰かに助けを求めるのはダメそうだね。」


何処の電気も点いているようには感じられないし、巡回中ということも無さそうだ。何となく感じてはいるがこの校舎というか、この世界には今俺達だけが迷い込んでしまったのだろう。


その後、図を頼りに昇降口まで来たが、扉を開けることはできなかった。

どういう訳かは分からないが、校舎内は自由に移動できても校舎の外には出られないようになっているらしい。

であるならば校舎の中で元の場所に帰る手掛かりを探すしかない。


「じゃあ次は何処に行こうか。図書室あたりになら何かありそうな気がするけど。」


「確かにそうだね。ただ、二人で同じ場所を探すより手分けした方がいいと思うんだけどどうかな?元居た世界でどれだけ時間が経っているか分からないし、早く帰ることに越したことはないと思うんだけど。」


確かにそうだ。

実は元の世界では日が昇っていて俺達の捜索が始まっているなんてなっていたら、無事に帰ったとしても更なる恐怖が待っているのは想像に難くない。

それに、俺以上に図書室に馴染みのある日下部ならば俺がいなくとも情報を取りこぼすこともないだろう。

一人の方が考え事にも集中できるかもしれない。


「了解。なら俺は図書室と反対方向をシラミ潰しに漁ってみるわ。けど、合流はどうする?電話は使え無さそうだし。」


「じゃあ私は調べ終わっても図書館でずっと待ってるよ。日下部君も探索が済んだら図書室に来てくれないかな?」


そう決めて解散した。

足早に図書室の方向へ向かう日下部の背を追うように、俺も懐中電灯の明かりを頼りに暗闇に一歩踏み出した。














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