第2話 旧校舎へ

十数分程自転車を走らせ、集合場所である裏山の麓に到着した。

案の定日下部は先に到着していた。


今俺たちは裏山全体を覆うフェンスの入り口からは離れた場所にいる。

ここは人通りも少ないことから、夜に見つかって補導される可能性もぐっと減る。

落ち合うにはいい場所だ


まずは裏山の入口に向かう必要がある。

この入り口は何故か学校の敷地内にあり、時折神主さんが出入りする所も目撃されているため存在自体は多くの人に認知されている。

それ故いたずらに生徒が近寄らないようにと教師や用務員の巡回ルートにされてしまっているのだ。


手ごろな場所に自転車を止め、歩きで夜道を進む。

月明りを頼りに学校の門が見える所まで来たが、当然ここからは入れない。

仮に鍵を持っていたとしても監視カメラによってバレてしまうからだ。

よって、別の侵入経路を探す必要があるのだが実はこれに関しては既に解決してる。


この学校は旧校舎の存在からいかにも新設されたというイメージを持たれがちだが、そこそこに年数が経っているため所々劣化してしまっている。

校舎に酷い箇所は特にないが、外壁やらそれこそフェンスなんかは錆び付いていたりボロボロになっていたりする。

そうして、いつの間にか校舎裏のフェンスに人一人通れそうな穴が開いてしまっていたのだ。

だが、開いた場所が倉庫の裏に位置していることや草丈の高い雑草がフェンスを覆うように生い茂っていることもあり教員たちは気づけずにいる。

時折、掃除当番になった生徒がそこに行きはするがまず気づけないし気づいたとしても報告するほど関心は無いのだろう。


それどころかやんちゃな連中が穴の存在を知りながら秘密にし、掃除中にその穴から抜け出して教員にバレずに済むかのチキンレースに利用しているという話もある。

まあ、実行犯の一人は親友である竜希なんだけどな。

話を聞いたときは何やってんだと苦笑いするしかなかったが、奴のやんちゃ精神から得られた情報によって今回の関門の一つを突破できた訳だから感謝しておこう。


校舎裏に着き、早速身を屈めて穴を潜る。

半端に千切れて鋭利になったフェンスを警戒したが先のやんちゃ組は相当な回数遊びに利用していたのだろう、しっかり折り曲げられたり加工された跡があり、おかげで楽に通ることができた。


校内に侵入した後、物陰や植込みを駆使してフェンスの入口に近づいていく。

この間物音に細心の注意を払っているため当然会話は無く、ジェスチャーを頼りに行動していたが、それがかえって潜入捜査中のスパイのような雰囲気を醸し出しておりついついお互いニヤけてしまっていた。


そうして第二関門であるフェンス入り口が見える所まで来た。

植込みの陰から辺りを見回したところ、自分たち以外に人の気配は感じないが油断はできない。

日下部を待機させ、用務員の所在を把握するために宿直室が見える位置までゆっくりと向かう。

もし偵察中に俺の存在がバレた時は、そのどさくさに紛れて日下部だけでも単身開錠して先へ進む算段になっている。


再び物陰を利用しながら校舎の壁面に辿り着き、窓の外側からゆっくりと頭を上げて中の様子を伺う。

真正面に職員室があり、その左隣が宿直室になっている。

職員室は完全に消灯していることから居残りの先生はいないことが分かるが、さて宿直室の方は―


「誰だ!?」


突然の声に驚き、思わずこちらも声を上げそうになったが何とか抑えてしゃがみ込む。

小走りでこちらに駆けてくる中からの音が徐々に近づく。

急いで死角になりそうな木の裏に隠れたのとほぼ同時に勢いよくさっきまで覗いていた窓が開けられ、辺りに懐中電灯の光が照射された。


「…確かに人影が見えたはずなんだがなあ。まさか…幽霊か?」


大真面目に幽霊の可能性を考え始めながら周囲を探るその人は用務員であった。

小柄で猫背な老人、校内で度々姿を見ているからまず間違いないだろう。

今で確か70代ぐらいだと聞いたが、見た目からは想像もつかないほど鋭い声を出すものだ。

面と向かって怒られたら耐えきれずに泣いてしまうかもしれない。


暫く息を潜めていると窓の閉まる音が聞こえ、次いで中から引き戸の動く音がした。どうやら俺を探すのに見切りをつけて宿直室の中に入っていったようだ。


緊張から解放され大きく息をつく。

自分でも気づかないうちに身を乗り出しすぎていたところを死角側から運悪く見られたようだ。

もう一度ゆっくりと中を覗いてみるが、腰を下ろして何やら作業をしているような影が磨りガラス越しに見えた。

巡回を終えて片付けか報告書でも書いているのだろう。


そろりそろりと日下部のいる所まで戻る。

日下部にも先ほどの声が聞こえていたようで気が気でないという表情で迎えてくれたが、ジェスチャーで「セーフだった」ことを伝えると彼女も大きく息をついた。


落ち着いたところでいよいよ裏山へ入ることにした。

フェンスの入り口前まで行き、年季の入った錠に鍵を挿すとすんなりと回って開錠に成功した。

錆だらけの割りにスムーズなのは定期的に神主さんが利用しているからだろうか。

自分達が入れる最小限のスペース分動かして中へ入り、フェンスの穴から腕だけ出して再度施錠する。

そして目の前にある階段に従って駆け上がった。

いくらか階段を駆け上がったところで速度を落とし、休憩することにした。


「ッはあぁぁぁぁぁ…!危うく見つかるところだったぁ…。」


「はぁ…はぁ……私もびっくりしたよお~、突然怒鳴り声聞こえたんだもん。…でもちょっとワクワクしちゃった。」


「紙一重で隠れられたからよかったけどさあ、本当にビビったよ。まあ、隠れてる最中は俺も少しワクワクしたけどな。」


喋れずにいた道のりの感想を語らいながら身体を休め、数分して息が整ってきたところで再び上を目指す。

歩きながら、ふと気になったことを色々質問してみた。

実を言うと、この山に関する俺が持つ情報はなんか霊が出る程度の浅いものなのだ。

儀式は勿論、ミカエリ様なる存在のことも初めて知った。


「私もミカエリ様のことや、それに因んで裏山がミカエリ山って名前なのはつい最近知ったばかり。小さいころから裏山としか聞いてなかったしみんなもそうとしか呼んでなかったもんね。儀式の手順もそうだけど、みんなが知ってる以上の情報は神社で仕入れたんだよ。」


文献に出てきた神様は人々からの信仰やお供え物の「見返り」として恩恵を齎したらしいし、それが名前の由来になっているのだろうか。


「てか、わざわざ神社まで調べに行ったのかよ、図書館じゃダメだったのか?」


「勿論学校の図書室も見てみたし、近場の図書館も行ってみたよ。でも、この土地に関する歴史の本が殆ど無いし、見つけても町の興りとか当たり障りない年表ばっかで怪談なんて全然出てこなくてさ。それで、この辺りで一番歴史のあるものって何かって考えて神社が浮かんで、ダメ元で聞きに行ったってわけ。」


「おまっ…、本当に限界まで調べ尽くしたのか。てか、神社にしかないような情報をよく突然押しかけてきた奴に教えてくれたな。」


「直球で怪談教えてとは聞いてないよ、もしホントに凄い怪談とかだったら知ってても教えて貰えないだろうしね。だから、学校の課題で町の歴史を調べることになったから何か文献を見せてくれないかって頼んだの。今月末から夏休みだし、早めの自由研究って口実にもなるかと思って。」


流石、ここまで勢いで乗り切ってきた印象で忘れていたが、頭も回る。


「それで交換条件で、神社の掃除を手伝ってくれるのなら見せてあげようって感じで提案されてね。結構な量を要求してきて、多分諦めさせようとしたのかな。でも私があの程度で諦めるわけないんだよね~。」


神主さんには同情する。

どんな内容かは分からないが要領も良ければ体力もあるのだ、相手が悪すぎる。


「それで神主さんが降参して文献とか諸々を収納している倉庫に入らせてくれるようになったの、勿論神主さんの立ち合いの元だけどね。それで数ある文献の中に今回の伝承を見つけたんだよ。ただ怪談とかは何も記されてなくてさ、旧校舎にミカエリ様が出るかもってのは…これを見て知ったんだよね。」


そう言いながら彼女はポーチから何やら取り出した。

随分とくたびれた新聞紙のようだ。差し出されたそれには、まだ利用されていたころの旧校舎で生徒が失踪したという事件が載っていた。


「〇〇中学校生徒失踪。男子生徒は発見されたが女子生徒見つからず…か。てかこれ60年も前の記事じゃねえか。なんでこんなもん持ってるんだよ?」


「文献に挟まってたのを見つけたんだよ、それもミカエリ様についての文献にね。伯部君がもし誘いに乗り気じゃなかったら、コレ見せて更に気を引こうと思って持ってきちゃった。」


てへっとでも言いたげな彼女は、持ち出しても大丈夫なのかという俺の心配をよそに記事をよく読むようにと促す。

記事には、一緒に遊んでいたとされる少年への事情聴取の内容が少量載っており、「ミカエリ様に会った」という旨の発言があったという。

どうやらこの記事と、元々あった心霊の噂を合わせて旧校舎にミカエリ様が出ると断定しているようだ。


元からある噂に加えて神社でしか知ることのできない秘匿性の高い伝承、そして記事にまでなった失踪事件とその中に登場するミカエリ様。

ここまで羅列すると大分信憑性が出てきた気もするが、同時に俺は少し恐れを抱き始めてしまった。


「なあ…、実は危ない儀式だったりしないよな?願った人が死ぬとか。この記事とか、いかにも神隠しじゃねえか。」


「…やっぱり実際の事件とか聞くとなんか怖くなっちゃうよね。ただ伝承には最初にお願いした人は今の神主さんのご先祖様ってことは書いてあったんだ。だから、願ったから死ぬとかは無いと思うよ。そもそも、今回の儀式が必ずしも成功するとは限らないし…。」


確かに、願った者が死ぬなら現在まで神主の家系が続いているのはおかしな話だ。

それに今回お供えする物の価値なんてたかが知れてるし、大層なお願いも考えていない。

一気に不穏な情報を聞いたせいで悪い方向に考えすぎているだけかもしれない。


「それに…はいこれ!神社で貰ってきた厄除けのお守り、旧校舎に着いてからでもよかったけど忘れないうちにあげるね。因みにこれはちゃんと神主さんから掃除のお礼として貰ったやつなんだからね!」


半ば押し付けられる形でお守りを受け取る。

何が入っているかは知らないが、心なしか温かい。


「すまん、考えすぎたな。今更一人で夜道を帰る気にもなれんし、行くとこまで行ってみるか。しょうもないお願いなら命までは取られんだろうし。」


「その意気だよ!むしろお願いがショボすぎて呆れられちゃうかもね。あ、でも失踪した子は化けて出るかも。」


引き留めたいのか怯えさせたいのか分からない彼女の言葉に翻弄されながらも階段を上っていく。


そうしてやっと階段を上り終えて旧校舎のある場所まで来た。

上りきったところに鳥居が一つ、入口の様に建っていた。

何故旧校舎に鳥居があるのか、日下部も不思議そうにキョロキョロしており、それに釣られて俺も辺りを見回した。

そうして今来た階段の方に目をやると、端々に折れた柱のような物があることに気が付いた。

上っている最中は気づかなかったが意匠からして目の前の鳥居と同じものだったのだろう。

劣化したような壊されたような残骸が、等間隔で階段に沿って続いているようだ。

何となく気になるが、考えたところで俺には答えが浮かばないの。


「…じゃあ、いよいよ中に入るとしますか!」


日下部が鳥居を潜って先行する

俺も続こうとしたが、鳥居は確か喪中の人は潜ってはいけないのだったかな、そんなことを思い出した。

神社でない場所の鳥居にそのような慣習を適用していいものかと考えながらも俺は鳥居は潜らずに日下部の後に続いた。


暫くして、昇降口らしき場所から中へ入ることができた。

流石に月明りだけでは心もとないので、持ってきた懐中電灯をつける。

外観から予想はしていたが案の定ボロボロだ。

木造の廊下は歩くたびにギシギシと音が鳴るし、ところどころ穴も開いている。


中に入ってからは、日下部が神社の倉庫から持ってきたという旧校舎の内装の図を頼りに進む。

今更、持ち出すのに許可を取ったかは聞かない。

ガラスが割れて窓枠しか残っていない窓の外から聞こえる、風が草木を揺する音や虫の鳴く音を感じながら廊下を進む。


日下部の足が止まった、どうやら目的地に着いたらしい。

部屋の感じからして職員室だろうか。

瓦礫を避けながら部屋の中を進んでいくと、何かを見つけた日下部が床面を指す。

そこにはボロボロになったカーペットから覗く、長方形の扉のような物があった。


「目的地って、地下だったのか。…てか、学校に地下室って普通あるのか?」


「普通じゃないから色んな噂があるんだろうね。じゃあ、開けようか。」


二人で手ごろな箇所を掴み、持ち上げる。

金具を見るに、元はちゃんと施錠されていたのだろうが、もう機能しないほどに朽ちていて力業で開けることができた。

出てきたのは地下室への階段のようだ、さっそく降りていく。


降りた先には小さな祠と燭台のような物、そして四隅には皿の上に白い粉がこんもりと盛られていた。

もしかしなくても盛り塩だろう。


「学校の地下にこんな場所があるなんて、誰も知らないだろうね。地図を頼りに来て言うのもなんだけど、実際見てビックリしてる。」


その場の異様な空気がそうさせたのだろうか。

流石の日下部もいつもの楽し気な表情ではなく、神妙な面持ちで呟いた。

俺はと言えば、辛うじて頷くのがやっとだった。


「…じゃあ、儀式を始めるから待ってて!」


少し間があってから彼女は儀式の準備に取り掛かった。

取り出した蝋石で床に何やら模様を描いていく。

次いで紙を取り出してお呪いを唱えだした、おそらく文献のを写してきたのだろう。


「…よし、これで後はお供え物をしてから模様の中心で手を合わせてお願いすれば終わり!」


どうやら準備ができたらしい。

丁度、学校にある百葉箱くらいの大きさの祠を開ける。

空っぽの内部にお互いに持ってきたお供え物を入れる、俺が駄菓子で日下部はレンチンできるタイプの白米だ。


「…何故にお米?」


「昔の人がミカエリ様にお願いする時って何をお供えにしてたかはわかんないんだけど、食べ物じゃないと思うんだよね。例えば、飢饉で自分達の食べ物が無いときに食べ物をお供えするのって違うでしょ?」


確かにそうだ、かつてどれだけお願いが聞き入れられてきたかは定かではないが、食う物に困っている時に食う物は差し出し辛いだろう。


「だから、ミカエリ様はみんなが食べ物に困らないようにしたけど、自分は食べ物をもらったことが無いんじゃないかなって思って。そういう意味でのお米かな。あとは日本にいる神様なんだしお米好きでしょっていうね!」


最後以外は真っ当な理由だ。

帰り道に適当に用意した自分がなんだか恥ずかしい。


祠を閉め、描かれた模様の真ん中辺りに並ぶ。

手を合わせ、目を閉じて願う。

日下部は何を願うのだろうか。

というか、自分が何を願うか全然考えていなかった。

そもそも成功するか怪しい儀式に真面目になる必要もないのだ。

冗談半分に願う。


(日下部ともっとお近づきになれますように。)


数秒経って目を開け隣を見ると、日下部と目が合った。思わず視線を逸らす。


「どう?願い叶った?」


「すぐ分かるような願いじゃないからな、なんとも言えん。」


「へ~、気になるなあ。」


「お前は何を願ったんだ?」


「それは勿論、ミカエリ様に会いたいですって。」


本当に叶って遭遇したらどうするつもりなのだろうか。

コミュニケーション能力の高さで、案外うまくいくかもしれない。

…そうしたら俺の居心地が悪くなりそうだ。


「とりあえず、ここから出よっか。霊とか関係なく空気悪いし。」


「それもそうだな。」


階段を上り、瓦礫だらけの職員室に戻る。


…戻ったはずだった。


「「えっ」」


二人同時に声が出る。

瓦礫が欠片もない。

それどころか机も綺麗に配置され書類なども整頓されている。

窓から見える夜の景色は同じなのに何かおかしい。

そうだ、草木や虫の音が遠い。

当たり前だ、窓ガラスを隔てているのだから。

しかし、この場においてそれはあり得ない。


ここは旧校舎、瓦礫が散乱し窓ガラスは割れ、何もかもボロボロになっていたはずなのに。

それなのに眼前の光景はまるで在りし日の姿の様に整っていた。



































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