ミカエリ山の旧校舎
稲作春秋
第1話 旧校舎の噂
授業終わりの夕暮れ、思い思いの場所へ向かう人やたむろし駄弁る人の合間を縫って俺こと伯部蒼は昇降口に向かっていた。
のだが、その途中で不意に呼び止められてしまった。
「ねえねえ、旧校舎の噂知ってる?」
同じクラスの日下部香澄、明るく優しい絵に描いたような女子だ。
生徒会副会長で成績も優秀、おまけにバスケ部でレギュラーになれるほどに運動神経も良いと来て、文武両道を地で行く学校の人気者だ。
そんな子がなぜ俺のようなパッとしない奴に声を掛けに来たかというと、それは彼女のオカルト趣味にある。
ある日、図書室で怪談やオカルト等の本を物色していたところ、同じくその類の本を探しに来た彼女と出くわして軽く談笑した。
話によれば、本に書かれているなんちゃって降霊術や噂の心霊スポットなどをちょくちょく試すぐらいにはのめり込んでいるようで、周りの友人にはあきれられながらも一度くらい幽霊を見てみたいと純粋な好奇心で行動しているようだ。
俺はというと、試しはしないが程々にその手の話を楽しんでいたのでそこで彼女と意気投合し今に至る。
「旧校舎って、裏山の閉鎖されてるところだろ?いろいろ噂あるよな。」
「そうそう!でも私が持ってきた情報はみんなが知ってるようなただ霊が出るかもってだけの話じゃないんだよね~。」
そう言って彼女は得意げに語りだした。
昔裏山には神社があり、ある神様が祭られていた。
その神はこの地の災害を退けたり豊穣を齎し、人々はその感謝として都度捧げものをしていたという。
名をミカエリ様というこの神への信仰は、人々の生活が豊かになるにつれ薄れていき、ある時を境に遂には途絶え、取り壊された神社の跡地に後の旧校舎が建てられたらしい。
そして噂では使われなくなった旧校舎には様々な幽霊が出るという話だが、日下部の調べによればその中にミカエリ様なる存在も居り、在りし日のように儀式やお供えをして願いを伝えるとそれを叶えてくれるのだとか。
「その儀式の詳細は知ってんのか?材料とかもだけどそもそも旧校舎にどうやって入るんだよ、フェンスで封鎖されてるだろあそこ。」
「詳細はもちろん把握済み、神社で見た古い文献に載ってたことだからきっと本当だと思うよ。フェンスの鍵は職員室にあるけど私生徒会副会長だし、普段から仕事で色んな鍵に触る機会あるから各鍵の使用理由とかいちいち聞かれないし、しれっととってもばれんでしょうってことではい完璧!」
えげつない行動力は称賛に値するが、普段の優等生ぶりからは想像もつかないゴリ押しな思考には「完璧」の「か」の字も感じられない。
どうやら彼女は好奇心が絡むと勢い任せで突っ切ってしまう悪癖があるようだ。
こんな下準備段階で頓挫しそうな話に乗っかっていいものか、でも可愛い子からの折角のお誘いだしなあ何てことを考えて少し返事を考えていたら、後ろから腕を肩に回されながら声を掛けられた。
「なになに?裏山の旧校舎がどうしたんだよ?」
こいつは成葉竜希と言う、俺の親友だ。
日下部同様バスケ部に所属していおり高身長でイケメン、しっかり彼女もいる。羨ましい限りだ。
「旧校舎にまつわる怪談だってよ、知ってるか?」
「あー幽霊が出るだのなんだの、本当なんかね。」
「それを今日確かめようって話をしてたの。成葉くん…あ、礼樹さんも一緒にどうかな?」
そう言って竜希の隣にいる女子生徒、礼樹鏡花も巻き込もうとし始めた。
「…そんな噂確かめるまでもなくガセよガセ。早く帰りましょ竜希君。」
早く行きたそうな所を見るに、どうやら二人の放課後の予定は既に決まっているらしい。
「そっか、ごめんね呼び止めちゃって!それではお二人でごゆっくり~。」
「もう、冷やかさないでよ。それより、あなたたちも噂の真偽を確かめるのはいいけど程々にね。超常現象以前にあの辺は危ないんだから。」
礼樹の言う通りである。
あの裏山は土地の所有者である神主さんが定期的に掃除しているおかげで旧校舎までの道は確保されているが、他の場所は草木が生い茂っていて何が潜んでいるか分かったものではない。
それにそもそも旧校舎なのだから建物の安全が保障されているかも怪しい。
それでも行くのかと問うように俺は日下部の方を見たが、それでも行きたいという眼差しで返してきた。
かくして、俺達二人は旧校舎の噂の真偽を確かめに行くことに決めたのだった。
お互い一度家に帰宅し、トークアプリを用いて今後の予定を決めることにした。
まず時間だが、丑三つ時に向かうことにした。
教員は帰宅しても宿直の用務員はずっと居続けるので、その人が外に見回りに来なさそうな時間を狙う。
そして持ち物だが、お供え物に特段縛りは無いようなので適当に菓子でも持ってってやることにした。
儀式自体は日下部が進行してくれるという話になりこちらで準備することはほぼ無さそうだったので、俺は俺で予防線を張っておくことにした。
計画の大まかな内容を竜希に伝え、もし指定の時間に連絡がなかったら安否確認で一通入れてくれないかと。
そもそもの開始時間が深夜なので、だいぶ悪態をつかれたが一応の了承を得られたので良しとする。
そうこうしているうちに早くも決行の時刻が迫ってきた。
どうやら時間を速いと感じるくらいには自分でも楽しんでいるらしい。
満月が夜道を照らし、まるでこれからの外出を歓迎しているようだ。
懐中電灯と駄菓子を自転車の前かごに放り込み、玄関を開ける音で飛び起きた親には出かけるとだけ言って目的地を追及される前にそそくさと車庫を出る。
7月初週とはいえ風のある夜は少し肌寒かったが、夜にありがちな謎の高揚感に身を任せて俺はペダルを漕ぎだした。
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