第4話 キメラ

「ハァハァハァ」


血に塗れた少年はひたすら走っていた。誰かに見つかる恐怖に怯えながら


(この血の臭い。なんなんだ鼻につくはずなのに、なんか高揚させられる。あんな糞野郎達の血だってのに、なんで)


川で洗っても落ちきらない血に苦悩するラカム。


(腹減ったな………それに寒い。母さんのシチューが食べたいよ。母さん………母さん。)


一瞬の気の緩みが忘れていた事を次々と思い出させる。


(父さん、母さん、俺もう疲れた。あれから三日三晩、ひたすら走ってきたもんな。ここが何処かももうわからない………幸せに生きてって母さん。2人のいない世界でどう生きろって言うのさ)


「!?ようやく見つけた。」


(人………が近づいてくる。マズい捕まる!けど身体がもう…………)


「おいしっかりしろ!おい。すまなかった、間に合わず、本当に……………」


(この爺さん…………なに言ってんだ?聞こえねーよ、あー俺この爺さんにしょっぴかれて終わりなのか…………せめてもっと格好良く…………)



「ハッ!ここは!?」


目が覚めたラカムは見知らぬベットの上にいた。


(この臭い………嗅いだことがある。俺は確か爺さんに…………!?)


部屋の扉を開けると暖炉の前で1人の老人が読書していた。


「勢い良く開けないでくれ、ドアが壊れる」


「ここはどこだ?」


「落ち着きなさい。そしてまずは食べなさい。かなり衰弱している」


食卓に並ぶ料理。空腹の限界を迎えていたラカムは言われるがまま食らいついた。


「なんで俺を助けた?」


「なんでだと思う?」


「俺が聞いてるのに聞き返すな」


「…………そうだね。それを私の生き甲斐としているから、かな?」


「生き甲斐?俺を助けることが?」


「君だけじゃない、君のように『キメラ』の血を継ぐ者達をだ」


「『キメラ』………?」


「聞いた事がないのは無理も無い。『キメラ』の存在は否定され歴史そのものから消されたからね」


「なんでそんなこと爺さんが知ってる?」


「私が『キメラ』の関係者だからさ」


「爺さんが………関係者?」


「正確には関係者の一族の末裔だからかな?『キメラ』に関わった人はもうこの世に存在しない」


「どういうことだ?」


「儂の名は『ブリューゲル·ダンスフォード』。儂の先祖には有名な学者がおったそうじゃ。名を『ウィリアム·ダンスフォード』16世紀に活躍した学者と言われておる。」


「その『ウィリアム·ダンスフォード』が俺とどんな関係があるんだ?」


「あくまで一族に伝わる言い伝えじゃがウィリアムはある研究に夢中だったという」


「ある研究?」


「【人類の進化】じゃ」


「人類の進化?」


「【この世に生を得た生き物は生きる為に進化し続ける。しかし人類は歴史を作り1000年もあって何も変わらない。それは人類は退化しているに等しい】それが彼の持論だったそうじゃ」


「…………」


「実際それからまた1000年経っても人類は学ばず、同じ事を繰り返しておる。そういう点で見れば先祖………ウィリアムの持論にはある一定の正当性があるのかもしれん」


「人類の進化がなんだっていうんだ?それになんで俺がいや、俺達家族が巻き込まれたんだ?」


「それはな、ウィリアムが行った悍ましい実験に君のルーツがあるからじゃ『ラカム·ルガール』」


「なんで俺の名前………」


「…………」


「ごめん。続けてくれ爺さん、なんなんだ?そのウィリアムが行った悍ましい実験って」


「【人間と動物の異種交配】じゃ」


「異種交配?」


「お前さんの歳ではピンとこんかの、そうじゃな例えば犬と猫から赤ちゃんが生まれると思うか?」


「生まれないだろ?そもそも犬と猫じゃ動物として違う生き物なんだから」


「そうじゃろうな。ウィリアムはそれをやろうとした。」


「えっ」


「人と動物を交えることで【新しい人類】の誕生を目指したんじゃ」


「!?なんだそれ、そんなこと」


「それが………出来てしまったんじゃ」


「!?」


「とある動物ととある女性との間に新しい命が生まれたそうじゃ」


「とある動物って?」


「【狼男】って知っておるか?」


「狼の姿をした大男だろ?そんなのおとぎ話………まさか」


「そう。狼との子どもをその女性は産んだ。」


淡々と語るブリューゲルに鳥肌が立つラカム。


「なっなんだよそれ、嘘だろそんな話し………うっ…………」


「食事中にする話しでは無かったな。すまん」


「聞きたがったのは俺だから気にせず続けてくれ」


「その女性はそんな忌み子というべき子どもを大切に育てたという。そして女性の愛情のもとでその子どもは立派に成人したらしい」


「本当なのかよ………」


「さぁな、儂は生き証人じゃない。一族に伝わる昔話じゃ。なにが真実でなにが嘘なのかはわからん」


あまりの衝撃にラカムは言葉を失う。


「問題はここからじゃ」


「問題?」


「その子は色々と人間離れしておった。聴力·嗅覚·噛み砕く力·俊敏性………ありとあらゆる身体能力が人間のモノを越えておった。」


ドクン、ドクン


「やがて、成長するにつれ人間離れする自分にその子は戸惑ったそうじゃ。………無理もないわの」


ドクンドクンドクン


「やがて外見も変化し始めた体毛は身体を覆い隠すように増え、爪や歯は獣のそれに近づいていったそうじゃ」


ドンドンドンドンドンドンドンド


「そして成人した頃には人というにはあまりにも無理のある姿をしていたそうじゃ」


「…………」


「その異形の姿から町の人には避けられ、罵倒や嫌がらせを受けた。仕舞には町の人から息子を守ろうとした母が亡くなってしまった」


「なっ」


「元々、異種交配をして身体はかなり衰弱していたらしいからの。唯一の理解者であった。母を失ったその子は………暴走した。」


「……………」


「自分に酷い仕打ちをした者、母を苦しめた者町中のありとあらゆる人を襲ったそうじゃ。そして」


「そして?」


「自分と母を苦しめた元凶であるウィリアムを殺し姿を消したという」


「なんて、なんて話しだ!?」


「それで済めばまだ良かったんじゃがの」


「その話………まだ続きがあるのか?」


「…………それから数十年後。度々人からかけ離れた身体能力を持つ目撃情報が広まったそうじゃ」


「えっ」


「目撃情報は性別はバラバラ、年齢もバラバラと1人2人の話しでは無かった。」


「それってまさか………」


「確証は無い一族の者もそれ以来その子を見たことは一度もないからの。だが恐らくそうじゃろう。その【人ならざる者】の目撃情報に世界は恐怖したと言うそして【人ならざる者】…………つまりは『キメラ』を恐れた人々は恐ろしい事を実行した」


「恐ろしいこと?」


「『キメラ狩り』じゃ」


「『キメラ狩り』…………」


「当時の世界は『キメラ』全滅の為にありとあらゆる手を使い根絶やしにしようとしたそうじゃ、疑われた者は関係無く皆死刑となった。」


「なんだよそれ…………」


「約10年続いた『キメラ狩り』は3年間『キメラ』と呼ばれる特徴を持つ人間の目撃情報が無くなり13年目にようやく終了宣言を迎えた。」


「なぁ爺さん。まさか俺には…………」


「そうじゃラカム。お前には『キメラ』の血が流れておる」


「なっ、そんな………馬鹿な」


突きつけられた事実に動揺が隠せないラカム。


「お前さん。やたら周りと自分が違うと思ったことがあるんじゃないか?」


「……………」


「それは、お前に流れる血が原因なんじゃ」


「でも、父さんも母さんもそんな事一言も言わなかったし2人は他の人と変わらない普通の人だったぞ」


「『キメラ』の血も脈々と受け継がれ約300年。その血は確実に薄れてきておった」


「ならなんで俺は!俺だけそんなことに」


「3年前に東アジアで起きて全世界に広まったパンデミック覚えておるか?」


「たしか今でも完全に撲滅出来ず蔓延してるウイルス………『チャツェルウイルス』だったよな」


「そう正式名称『CH-2020』別名『チャツウェルウイルス』。全世界で約37万人を死に至らしめ、ワクチン開発でその勢いは停滞したものの現在でも続々と変異して存在するウイルス。そのウイルスの発生原因はな、ウイルスの異種配合………つまり『キメラウイルス』が原因なんじゃ」


「なん………だって」


数百年の間鳴りを潜めていた『キメラ』は形を変えて人類に牙を剥いた。



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