第4話 銀と言いはれば銀になる

 日中は馬車で移動し、夜は宿に泊まる。それを繰り返して七日目、ようやく帝都に到着した。

 騎士さん二人はここでお別れだ。ここからはアドフィル帝国の人が案内してくれるらしい。


「ここまでありがとうございました!」

「……ああ」


 来る時と同じようなやり取りをして、騎士さんが馬車から降りていく。彼はこれから帝都を見て回ってから帰路につくそうだ。

 会った時も別れた時もぶっきらぼうだったけど、七日もあったおかげで少しは話すことができた。


 騎士さん二人はアドフィル帝国との戦争に参加していたらしく、その時のことをありありと語ってくれたし、今回の旅路では私の護衛だけでなく、帝都の様子を見てくるようにと王様に命令されている、と。

 お姫様が嫁ぐ場合も考えて、栄えているかとかを知りたかったのかもしれない。

 私が死ななければ彼の頑張りは無駄になる。これはなんとしても、死なないといけない。


「ようこそいらっしゃいました」


 私が決意を改めていると、開きっぱなしだった扉の向こうから声が聞こえた。

 馬車の外では、枯草色の髪をうなじのあたりで一つに括った男性が立っている。縁の細い眼鏡の奥で藍色の瞳が輝いていて、とても頭がよさそうな見た目の人だ。


「私は皇帝の補佐を務めております、ヴィルヘルムと申します」

「あ、私は――ライラと申します。これからよろしくお願いします」


 私はお姫様の代わりに来ている。一瞬お姫様の名前を借りたほうがいいのかと悩んだけど、どうせすぐばれるだろうし、お姫様が嫁ぐ時に困るだろうから、自分の名前を名乗ることにした。


「長旅お疲れさまです。本日はこれから皇帝に会っていただき、それからお休みいただくご予定です」

「はい、わかりました。親切にありがとうございます」


 頭を下げてお礼を言うと、ヴィルヘルムさんは恭しい態度で馬車の扉を閉めた。

 これから向かうのは帝都にある城。そこには、私が嫁いだ皇帝と、使用人が暮らしている。

 見知らぬ場所での生活には不安はあるけど、一番の問題は別にある。


「ちゃんと殺してもらえるかなぁ」


 妖精眼を持つ私の体はとても頑丈だ。それは体に流れる妖精の血が原因だろう。

 王様もお姫様もとても頑丈らしいので、間違いない。

 普通なら、喜ばしいことなのだと思う。だけど私としては大問題だ。ただの刃はこの体に傷ひとつつけられず、生半可な毒では体調すら崩さない。


「たぶん……大丈夫だよね」


 だけど、アドフィル帝国は周辺国を侵略し、その国の王を殺していた。

 程度の差はあるけど、どこの王様も何かしらの種族を始祖に持っている。天使の血をひく人は怪力だったそうだし、ほかの種族も特別な何かがあったはずだ。

 それを殺す術を、アドフィル帝国は持っていたことになる。


 そしてエイシュケル王国に戦を仕掛けたのだから、妖精の血をひく人を殺す術も持っていたはず。

 その方法が失われていなければ、私はちゃんと殺してもらえる。


「心配してもしかたないし、しっかり粗相を働こう」


 方法はある、と考えないとはじまらない。だから私はすぐに、どんな粗相を働くべきかを考える。

 やりすぎてこちらに非があるとされたら困る。殺されて当然では、お姫様が安心して嫁げない。

 だから、皇帝の癇に障って、それでいて些細な粗相を働かないといけない。


「なかなか、無理難題!」


 皇帝が何を好んで、何を嫌っているのか。それを知らないと難しそうだ。

 思わず頭を抱えそうになったので、これについてもひとまず置いておく。あとでヴィルヘルムさんに皇帝の嫌いなことを聞いておこう。


「毒草が生えてる場所とかも教えてくれるかな」


 そして残る問題は、毒草が城の近くに生えているかどうかだ。できれば城内に生えてくれていると助かる。

 たとえ皇帝に殺されるのだとしても、もはや趣味と化している毒の調合は続けたい。


「聞かないといけないことがいっぱいだなぁ」


 がらんとした馬車の中に私の声だけが響く。

 騎士さんそのいちは無口な人だったけど、それでも同乗者がいるというだけで心持ち気が楽だったらしい。

 たった一人だけの馬車は、素っ気ない作りにもかかわらず広く感じた。


 お母さまに会いたい気持ちが湧き上がり、ぶんぶんと首を振る。そしてそれを忘れようと窓の外に目をやる。


 アドフィル帝国の現皇帝は、邪魔になる者すべて殺し、玉座に座った男で、アドフィル帝国は前皇帝の時には侵略国家だった。


 私が知るのはその程度のことで、アドフィル帝国が実際にどういった場所なのかはまったくといっていいほどしらなかった。

 そのため、馬車から見える光景に目を見張った。帝都はここまで通ってきた国とは違い、とても賑わっている。

 大勢の人々が行き交い、露店を広げている商人の呼び声が馬車の中にまで聞こえてきそうなほどだ。

 現皇帝が血に濡れた玉座に座ってから、まだ三年しか経っていない。新たな暴君の登場に怯えていても不思議ではないのに、そんな気配は微塵も感じられない。

 もしかしたら、誰が頂点になろうと人々の生活は変わらないのかもしれない。


 そう思ってしまうほど、行き交う人々の表情は明るかった。


「陛下は玉座の間でお待ちしております」


 外の風景を眺めていると、城に到着した。

 ヴィルヘルムさんの手を借りて馬車を降りる。アドフィル帝国のお城は、天使を始祖に持つ王様が使っていたものをそのまま使っているようだ。城の壁に羽のような紋章が刻まれている。白い壁も、羽をイメージしているのかもしれない。


 エイシュケル王国の城壁も、同じように紋章が刻まれていたのだろうか。じっくりと眺める暇なんてなかったので、外から見てどんな風に見えるのかを私は知らない。


 思わず見惚れていると、ヴィルヘルムさんに急ぐようにと声をかけられた。

 慌ててヴィルヘルムさんの後を追い、城内に入る。


「陛下は大変気難しく、お忙しい方です。心を広くもっていただければと思います」


 そして玉座の間に向かう道中で、ヴィルヘルムさんは皇帝取り扱い説明なるものを話してくれた。


 まず、気難しいので余計なことはあまり言わないように。

 次に、忙しいのであまり顔を合わせられなくても気にしないように。

 さらに、好き嫌いはとくにないので好みなどは聞かないように。

 他にも、人に触れられるのはあまり好まないので気をつけるように、などなど。


「わかりましたか?」

「はい!」


 つまり、それとは逆のことをすればいいということだ。


「ところで……」


 ちらりとヴィルヘルムさんの目がこちらを向く。どこか言いにくそうにしている様に首を傾げていると、ヴィルヘルムさんはこほんと一つ咳払いをした。


「……あなたの髪色は……灰色、ですよね?」

「いえ、銀です」


 きっぱりと言い切ると、ヴィルヘルムさんは微妙な顔をした。

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