人魚のたまご
蛍石を詰めたランタンに明かりを灯し冷たい空気の満ちた廊下を歩く。光源は窓から入り込む薄靑色の月光と私の持つランタンの淡い橙色だけ。上階から今日もなにやら楽しそうな少年・少女の声が聞こえている。何時もの夜だと安心しながら水底の部屋へ入った。
水底の部屋。
水にまつわる靑を保管する場所であり、同時に採取した水棲生物の管理室でもある。
大小さまざまな水槽を通り抜け一際大きな水槽へ近づく。部屋の壁一つ覆う程大きな水槽の中に淡い虹色の卵が沈んでいる。
「今夜も変化なし……まだ目覚めないね」
随分前に取引先の一つである別の研究機関から研究所へ持ち込まれた人魚の卵。どんな子が産まれてくるのか所長ですらわからない。
「早く産まれないかなぁ」
人魚だなんてとても幻想的で可愛いに決まってる。頬を緩ませて言えば隣をふよふよ浮いていた海月が私の頭に乗っかって触腕で緩く叩いてくる。嫉妬したらしい。
「私の一番は君だよ」
海月を頭から降ろして胸の前に抱き、水底の部屋を出る。いつか目覚める人魚の為に名前も考えなきゃいけない。楽しみが増えるのは良い事だ。水底の部屋を後にした私は厨房へ寄り蜂蜜入りのホットミルクを作ってから自室へと戻った。
靑色研究所短編集 猫市 @blue_labo
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