【星章】月光の下で

ある日突然靑色研究所から1枚の葉書が届いた。


「……個展?」

 【月光展覧会Ⅱ】とやや大きめに書かれたタイトルと、深い靑色が目の奥に飛び込んで来る写真。場所は委託先の店でやるらしい。花か何か祝いの品を用意せねばと思いながら葉書を裏返して、宛名以外の小さく書かれた手書きの文字に気付いた。『夜の10時50分までに研究所へ来い』。整ってはいるが早い速度で書いた為に僅かに崩れた文字。見慣れた所長の文字だった。だがすぐにその時間指定に首をかしげる事になる。そんな真夜中に行ったら個展へは行けないじゃ無いか。それとも研究所で宴会でも開くつもりなんだろうか。疑問に答えが見つからないまま、とりあえず個展開催祝いの花を準備すべく上着に腕を通し外出した。


◆◆◆


「夜遅くにすまないな」

「問題ない。これ少しだけどお祝いな」

 指定された日付の、午後10時50分。エントランスで出迎えた所長へ持っていたビニール袋を渡す。中に入っているのは小さな寄せ植えの鉢だ。可能な限り花屋の中にあった靑色の花をこれでもかと詰め込んで貰った。中身を確認すると所長の表情が僅かに緩む。しかしすぐに何時もの仏頂面に戻った。

「この品はあちらで確認する。店に行くぞ」

「冗談言うなよ、営業時間とっくに終わってるだろ?」

 扉を開けると夜の香りがエントランスへ流れ込む。緩く風に揺れた黒髪の合間から見える所長の瞳が僅かに細められた。笑っている様にも見える。

「安心しろ。今日は特別な日だ」

 一向に動かない私に見かねたのか所長が近づいて来て腕を引いてくる。結局私は腕を引かれるがまま月明りが照らす夜道を歩く事となった。まあいい。所長と出会ってから不思議な事なんて両手で数えきれないほど起きているんだ。きっと今回もそうだろう。星屑の丘を越え、古い洋館に辿り着く。廃墟となって久しいのだろう。壁や窓にひびが入っていて人気は無い。立派な庭があったらしいが手入れをする者がいない為、野茨や蔓薔薇が伸び放題になっていた。開け放されたままの門をくぐり所長は迷わずその扉を開いた。向こう側に広がっていたのは廃墟ではなく『外』だった。

「……は?」

「ここの扉は色々な場所と繋がる。今日は店まで繋げたんだ」

 この所長は会うたびに不思議な出来事の最大値を更新していく。扉をくぐるととても広い駐車場だった。何処かの行楽地だろうか。

「あそこで個展を行っている。夜は決められた日時にのみ客が来る。その時だけ店が夜も開いているんだ」

 所長が指さした方を向くと駐車場の一角にある小さな店が目に入った。こんな真夜中だというのに白と靑の明かりが灯り、店内には人の影が見える。店の横には白い大きな時計と『白鳥の停車場』という看板。はて、何処かで聞いたような名前だ。

「あーっ!!しょちょー遅いですよ!!所長に会いに来てる人いるんですから急いで!」

 突然聞こえた声に思考が止まる。店から出て来て大声を上げたのは副所長だった。白衣と尾を揺らしながらパタパタとこちらへ近づいて、所長の背面へ回るとその背を押した。まさか背を押されると思わなかったようで所長は目を丸くする。

「な、何を」

「接客とか!やってくださいよ!あとファンの方が来てくれてるんですからご挨拶も!!」

「わかった、わかったから背を押すな」

「白藍さんいらっしゃい!ちょっとしょちょー借りるね!楽しんでってー!」

 少し慌てた様子で店内へと入っていく所長とまだ背を押し続ける副所長を見送る。改めて周りを見渡せば人も動物も、何かよくわからない存在も等しく楽し気に会話したり店内を見ていた。看板の前で記念撮影をする者達もいる。何が何だかわからないが、楽しい店であり個展である事は理解できた。

「……私も見るか」

 彼が集めに集めた靑色を惜しげも無く使った作品が並んでいると聞いた。折角だから作品を一つ迎えても良いかもしれない。出入りする客の流れに私も身を任せ店内へと入った。


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