晶洞売り

 研究所を訪れたが所長は姿を見せず、代わりに黒猫がエントランスに置き忘れた影の様に佇んでいた。私が歩み寄れば金色の目が此方を見上げて僅かに細められた。開いた口からは鳴き声ではなく、耳ざわりの良い男の声が発せられる。

「靑のなら晶洞売りと一緒だ」

「晶洞売り?」

「晶洞だけを扱う奴だ。時々靑のに晶洞を売りに来ている」

 黒猫は応接室の前へ着くと「アイツは煙たくて苦手だ」と言いながら廊下を歩いて行ってしまった。残された私は仕方ないので何時もの様に応接室の扉を開いた。

「邪魔するぞ」

「おや、噂をすれば何とやら」

 所長より先に『晶洞売り』とやらが声を上げる。私より年上に見える男だ。黒と深い緑色を基調とした服を纏っている。何処か眠たげな翡翠色をした目が私に向けられ、人懐っこそうな笑みを浮かべた。だが纏う雰囲気が何処となく胡散臭いせいで裏がありそうに見える。その片手には使い込まれた煙管が握られていて緩く煙を漂わせていた。成程、黒猫が言っていたのはこの事か。

「白藍、お前も一つ買わないか」

「何の話だ」

「お、良いねぇ。オニーサンも晶洞割りチャレンジするかい?」

 晶洞売りは言いながら煙管を咥え、空いた両手で机の上の木箱を持ち上げ私の方へ向けた。中には綿が敷き詰められ、凹凸の目立つ白い球体が大小さまざま並べられていた。晶洞とは確か石の内側に空洞が出来たものではなかっただろうか。その中には水晶やら鉱物の結晶が閉じ込められている。昔所長が語った話を朧気に思い出しながら差し出された木箱の中から適当に石を選ぶ。手に伝わるずっしりとした重さに少しだけ驚いたがそのまま晶洞売りへ差し出した。

「これにする」

「OK、ちょっと待ってな」

 私の差し出した石を受け取った晶洞売りは何やらハンマーと灰靑色に鈍く光るナイフを取り出した。石を柔らかい布の上に置いて固定するとナイフを垂直に当て、柄尻へハンマーを軽く叩きつける。パコン、と軽い音を立てて石は簡単に割れてしまった。そんなに簡単に割れるものだったかとぼんやり考える私の隣で、所長がひゅっと小さく息を飲んだ。

「……これは」

「こりゃすげぇ。オニーサンアンタ運が良いな!」

「は、え?」

 2人の反応を見てからやっと私は自分の選んだ石の中身を見た。綺麗に真っ二つに割れた石の内側は靑い結晶柱で埋まっていた。その結晶柱全てが透き通った水色から深い青色へと変化している。息を飲むほど美しい晶洞に言葉が出なかった。

「宙藍玉の結晶柱だな。こんだけ綺麗に揃ってるのは珍しいんだぜ」

「……追加だ。あと5つ割ってくれ」

「群靑?」

「気前が良いねぇ!良いよ良いよ、好きなの選びな」

「私もアレが欲しい」

 真剣な眼差しで石を選び出した所長に幾ら声をかけても反応は無く、代わりに晶洞売りを見れば満面の笑みで煙管から煙を燻らせている。私はまずい事をしてしまった気がする。何処か罪悪感を感じつつ所長の横顔を眺めた。


 結局所長は宙藍玉の結晶柱を当てる事が出来なかった為私の当てたものをあげた。嬉しそうに大切そうに石を抱える所長を見て、最初からこうしていればよかったと尚更罪悪感を感じてしまった。

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