眠るランタン

「丁度良い。少し手伝え」

 研究所を訪れるなり所長はそう言って私の両手に木箱を持たせた。少し重たい。一体何が入っているのかと問いかけたが、所長は「すぐわかる」と言ってもう一つの木箱を持って歩き出してしまった。困惑しつつも所長の後ろを追いかけて廊下を進む。


 この館を『研究所』と呼んではいるが、元々ここは『隔離病院』だ。旧字体で書かれた手術室や処置室、薬品庫などの札がそのままついていて、場所によっては病院の頃の設備がそのまま残っている。前に一度元隔離病院に住むなんて怖くないのかと問いかけてみたが、所長から返って来た言葉は「もう話はつけてある」だった。一体何と話をつけたのか?一番気になる所を残念ながら語ってくれなかった。歩く度揺れる一つ結びの長い黒髪が止まる。少し立て付けの悪い扉を開けて所長は部屋の中へ入っていく。入口の傍に外れかけた名札がついていたので恐らく昔は病室だったのだろう。思わず失礼しますと小さく言ってから所長に続く。


其処は部屋の中を埋め尽くす様にランタンが置かれていた。


 色も形も様々なランタンが床や棚に置かれ、天井からも吊り下げられている。だがどのランタンも明かりは灯っておらず、ただそこに物体としてあるだけだった。

「凄い量だな」

「庭園の一番奥に古い桜の木があるだろう?あの木の枝に使われなくなったランタンが届くんだ」

 木箱を床に下ろした所長は蓋を開け中からランタンを取り出す。私も倣いランタンを取り出してみた。私の持っていた木箱の中には丸いランタンが三つ、細長いランタンが二つ。簡素なものからステンドグラス風の飾りのついた豪華なものまでさまざまなランタンが入っていた。それのどれもが長く使われたのだろう。あちこちに修繕した跡があった。全てのランタンを部屋に納めて軽くなった木箱を抱えて部屋を出る。

「あの部屋はランタンの墓場なのか」

「失礼な事を言うんじゃない」

 応接室へ向かう道すがら問いかければ所長は顔を顰めて私を見る。深い靑色の瞳にじとりと睨まれ居心地が悪くなって視線を反らした。

「確かにランタン達は必要とされなくなった。だがあの部屋にいるランタン達はただ眠っているだけだ」

「眠っている?」

「研究所には灯りを必要とする者が訪ねて来る。その時まで眠っているんだ」

 誰かにもう不要だとされたランタン達が眠り夢を見て、次に目覚めればまた誰かの足元を照らしてくれる。希望を抱いて眠るのだなと感想を述べれば所長は僅かに表情を柔らかくして頷いた。

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