第70話 夏のお誘い

 何度も繰り返すが、現在は夏休みである。そして夏休みというものは、多少の差はあれど範囲自体はどの学校も共通している。

 そしてそれは、高校生もまた同様だ。少なくとも前半に関しては。大学生の夏休みと比べると、日数自体はかなり差があるのだが、それでも七月下旬から八月末までの期間は被っている。

 つまり何が言いたいのかというと、だ。


「近藤さんから遊びの誘いが来ました」


 俺、千秋さんと同じく、近藤さんもまた学校がお休みなのである。

 ついでに言うと、俺と同様に注目されるのを避けるために、夏休み期間中はバイトも休みとなっている。……事情が事情とは言え、メイン戦力になりうるこの時期の学生バイト二人が欠けた事実には目を逸らしておく。

 絶対にマリンスノー修羅場ってるよなぁ。やっぱりあのストーカー許されんわ。

 まあともかく。期せずして男女二人揃っての長期休暇。しかも結構なトラブルを乗り越え、急激に距離感が縮まって(一方的)いたりもするわけで。


「どうすれば良いと思う?」

「……何でそれを私に訊くのかな?」

「あ、伝えなくて良かった?」

「ゴメン訂正。反射的に答えちゃったけど、これについては教えてくれて良かったです。はい」


 まあ、昨日似たような切り出し方したからね。エロ絵云々がノイズになったか。……エロ絵がノイズって何だ?


「で、よ。どうすれば良いと思うこれ?」

「……私としては、すっっっごい複雑!」

「溜めたねぇ」

「溜めるよ! そりゃ溜めるよ! 好きな人が他の子からデートに誘われてるんだよ!? むしろ不機嫌になってないだけ寛大な方だよ私!?」

「ハハッ」

「そんな気はしてたけど遥斗君やっぱり確信犯でしょ!?」


 中々に不名誉な言い掛かりをしてくれるじゃないか。念のため弁明しておくと、反応に困っているのは本当である。……若干面白がってる部分もなくはないが。


「てか、やっぱりこれデートになるのか」

「デートだよ! どっからどう見てもデートでしょ!? デート以外ないよこんなの!」

「ただの遊びの誘い……」

「ないから! 遥斗君そんな鈍感キャラじゃないよね!?」

「そうっすね」


 やっぱりデートかぁ。まあ分かってはいたけど、千秋さんからのお墨付きともなるとねぇ。事情を知ってる同性視点でそう見えるのなら、僅かにあった自惚れの線も完全消滅したと判断して良いだろう。


「……ちなみにこれ、ガチなやつだと思う?」

「ガチ。もうガチ中のガチ」

「でもその割には、今の今まで音沙汰なかったよ? 向こうのご両親共々、お礼を言われてそれっきりだったけど」


 近藤さんの性格的に、ガチだったらもっとグイグイ来てるような気もするのだけど。やっぱ『あわよくば』ぐらいで済んでる可能性ない?


「はぁぁ……。遥斗君はやっぱり乙女心を分かってないよ」

「そんなに?」

「そんなに。乙女心分かってたら、そもそもこんな相談を私にしない」

「彼女でもないのに言うじゃん」

「火の玉ストレートがすぎるよ!? やっぱり遥斗君は乙女心を分かってない!!」

「ゴメンて」


 そんな涙目で詰めてこないで。思ってた以上にクリティカルだったか。反省。


「……で、話を戻すけど。これはアレだよ。私としては、ガチだからこそ連絡を取れなかったと見たね」

「その心は?」

「本気になっちゃったから、接し方が分からなくなっちゃったんだと思う。今までのノリで絡みにいけなくなってるんじゃないかな? ……あくまで予想だけど」

「なるほど」


 また絶妙に解像度が高いというか、普通にありえそうな分析が飛んできたな。漫画とかでもいるよね、そんな感じのヒロインキャラ。


「……つまり今回のお誘い、めっちゃ勇気出して送られてきたってことでは?」

「……その、可能性は高いと思いますはい」

「マジでどうしよう……」


 どうしようコレ……。


「えーと、まず確認。遥斗君的にはどうしたいの?」

「どうもこうも、大学生と高校生がデートしたらアウトなのよ」

「うーん正論」


 近藤さんがどうとか以前の問題なのよね。あと千秋さんとの関係性とかも抜きにして。警察に声掛けられたら社会的に詰む可能性がある時点で、考慮の余地すらないというか。


「まあ正論なんだけど、私が言いたいのはそうじゃなくてね? 遥斗君的には、その子のことをどう思ってるのかなって訊きたいんだよ」

「……質問に質問で返すようで悪いんだけど、千秋さんがそれ訊くんだ? 千秋さん側からすると、その質問って結構覚悟必要じゃない?」

「本当に今更すぎるよそれ!? 分かってるなら、相談相手もっと他に考えよう!? 遥斗君の友達とか、うちのバンドのメンバーとか他に選択肢あったでしょう!?」

「いや別に千秋さんで良いかなって」

「その潔さは尊敬に値するけども!!」


 だってアレじゃん。どうせ千秋さんには伝えることになりそうだし、それなら二度手間を避けて最初から相談しとこうかなって。それなら変に拗れることもなさそうだし?


「はぁぁぁ……。もちろんアレだよ。私としても、こうして訊くのはあんまり気分が良くないよ。遥斗君のこと好きだもん。他の子についてどう思ってるかとか、訊きたいわけじゃないじゃん」

「うんうん」

「でも、だからって知らんぷりはできないし、したくない。万が一を考えると、そんな怖いことできない。……そういう意味では、遥斗君が隠さず相談してくれて良かったって思ってる」

「あ、ハイ」

「あとは……やっぱりアレかな。同情半分、安心半分って感じ。それがなきゃ、こうして冷静に相談を受けたりはできなかったと思う」

「同情と安心、ねぇ」

「うん。だってさ、気持ちについて訊ねはしたものの、結論自体は決まってるわけじゃん? 遥斗君の性格的に、余程のことがないと高校生に靡いたりはしないでしょ?」

「……まあ、そうね」


 高校生と大学生はアウト。社会的なデメリットがデカすぎるので、その点を踏み越えることはないと思います。……いやまあ、将来をガチで誓ってたりしてるなら、高校生と大学生ぐらいの年の差は許容範囲かなとも思うけど。ただ俺の場合は違うよねって話である。


「不安なのは万が一が起きることだろうけど、それは私がさせないし。そう考えると、むしろその子に対して同情心がね……。前にも話したけど、男性観とかぐちゃぐちゃになってそうだし」

「そんな言われるほどのことしたかな……」


 これすっごい言われるんだけど、俺的には普通のことをした感覚しかないからさ。そんな脳を焼いたかのような言われようはちょっと思うところがある。


「結局、遥斗君にとってその子は、バイト先の学生でしかないんだよ。そして、だからこそ悩んでる」

「……正解。手を出すことは無理だし、かと言って変に拗れても困る。だから穏便に受け流しつつ、フェードアウトできないかなぁって」

「うん。だから私から提案なんだけどさ。そのデート、私も同席させてくれない?」

「ほん?」


 なんか意外な提案が飛んできたな。大丈夫? それ『カーン』って見えないゴング鳴ってない?






ーーー

あとがき


 ……一巻を買うのです。書店か電子で買うのです。

 なんかたまに感想とかで『一発ネタっぽいけど続くのかなコレ』って言われてたりしますが、売り上げ次第では普通に続きます。だから買うのです。


 実際問題、作者自身も似たような感想は抱いておりました。特に書籍化の話をいただいた時、一章書いてる途中だったので。

 でもちゃんと続きを書きました。だから買うのです。ちゃんと二巻用のエピソードを提供する用意はあります。だから買うのです。


 ──買うのです。第一巻を買うのです。



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