第65話 遥斗の心変わり
「──お風呂上がったよー」
「あーい」
千秋さんが風呂から出てきた。冷静さを取り戻させるために勧めた意味もあるのだが、果たして効果のほどは──。
「……」
「ん? どうしたの遥斗君?」
「いや、その、うん……」
適当に言葉を濁す。……クソ。不覚にも一瞬言葉を失ってしまった。思ってた以上に、千秋さんの風呂上がりの寝巻き姿が衝撃的だった。
格好自体は典型的な女の子の格好と言うか、言い方はアレだがあざといデザインの可愛い系。肌触りの良さそうな半袖のシャツと、若干モコモコしてる半ズボン。
これだけなら別に『パジャマだなぁ』程度の感想しか抱かないのだけど、着ている本人の素材が極上なのがタチが悪い。
千秋さんは端的に言って美少女なので、典型的な女子の寝巻きを着ていると破壊力がある。没個性になんない。無駄に王道的な可愛いさがある。
それに加えて、風呂上がりのためか全体的にしっとりしてるのがまた……。純粋な美少女に色気まで加算されて凄いことになってる。ナンダコレ本当に千秋さん?
「……パジャマ似合ってますね」
「え、あ、うん。ありがとう。……遥斗君やっぱり今日正気じゃないよね?」
「俺も最低限のマナーみたいなのは持ち合わせてるんですわ」
曲がりなりにもこっちから頼んで宿泊してもらってるんだから、ある程度のリップサービスはするに決まってるんだよなぁ。
普段なら無駄に調子付かせるから言わないけど、こういう時なら褒めるべきところはちゃんと褒めるわい。単に普段飲み込んでる本心を吐き出すだけだなんだから。思ってもないお世話を言うよりずっと楽だ。
まあ、それはそれとして。俺の褒め言葉で有頂天にならず、逆に心配してくるあたり、冷静さを取り戻すことはできているっぽい。……それができるなら、普段からそうして欲しいと思わなくもないが。
「にしても、思ってたより早かったね千秋さん。女の子って長風呂のイメージがあったけど」
「それは個人差あると思うよ? まあ、お風呂中にアレコレやったりするし、男の子より時間が掛かるのは間違ってはないけど」
「ふーん?」
「まあ、それでも長々と入ったりはしないよ。自分の家ならともかく、遥斗君の家だしここ。私もそれぐらいの常識はあるよ」
「不法侵入してた人が何か言ってる」
「……アレは若気の至りだから」
「まだ半年も経ってないんですがそれは」
今年のできごとに若気もクソもないんだよなぁ。いや、別に良いんだけどさ。その都度弄ってはいるけど、ネタにしてるだけだし。
「まあ、それはさておき。頼んだのはこっちだからさ、変に気を遣ったりしなくて良いよ。てか、気遣いとかぶっちゃけ今更でしょ。俺と千秋さんの関係性って」
「っ、……」
「なに今の反応。まるで嬉しさでまた要らんこと口走りそうになって、慌てて飲み込んだみたいな雰囲気だったけど」
「大正解だよもう! 分かってるんなら言わないで欲しかったなぁ!?」
「気遣い不要って今言ったし」
「それ自分がやられたら文句言うやつじゃん!」
よくお分かりで。
「ともかく。身嗜み関係は遠慮なくやっちゃって良いから。髪とかさ、適当にドライヤーで乾かすだけじゃダメだったりするんでしょ? 漫画とかで見ただけだから知らんけど」
「ああ、うん。分かった。次からはそうさせてもらうね?」
「はいはい」
「……え、ちょっと待って? てっきり『ま、次はないけどね』みたいなこと言われると思ってたんだけど? そんなあっさり肯定されると思ってなかったんだけど!?」
「あー……。いやだって、こうして一回OK出しちゃったわけだし。どうせまたズルズルなし崩し的に受け入れてくんだろうなぁって」
「無意識ですらなかった!? 全部分かった上で頷いてたの今!?」
「え、そんな驚くこと?」
俺と千秋さんの関係って、不法侵入を一回許したからできあがったものじゃん。ズルズルズルズルなし崩しを重ねていって、積み上がったものが今じゃん。それと同じでしょ。
「だ、だってアレじゃん! それだとその、またお泊まりとかあるかもってことでしょ!?」
「かもねー」
「それもうっ、そんなの、そのっ、付き合ってるようなもんじゃない!?」
「どうだろねー」
「否定しないの!? いつもの遥斗君なら否定してたよね!?」
「それはそう」
確かにいつもの俺なら否定してた。ただ今日はアレだから。リップサービス兼、お願いを聞いてもらったお礼として、普段は飲み込んでる本心を語るつもりだから。……流石に全部を明け透けに話すつもりはないけど。
「ぶっちゃけさ、俺アレだし。千秋さんのこと嫌ってるわけじゃないし。こうして非常時に頼ったりするぐらいには、好感度は高かったりするよ」
「うぇっ!?」
「あとちょくちょく言ってるけど、千秋さん普通に可愛いし。可愛い子にこうも熱烈アピールされて、嬉しく思わない男はいないよねっていう」
「へうっ!?」
「いや本当、出会い方が出会い方じゃなければとっくに惚れてたと思うよ? これは前にも言った気がするけど」
「はうっ!?」
さっきから効果音っぽいことしか言わないな千秋さん。面白いぐらい全身が茹で上がってるから、言わないんじゃなくて言えないんだろうけど。
「な、何でここに褒め殺しを……?」
「んー? お願い聞いてくれたお礼。あとは今日の件でかなり見直したから、かな?」
「み、見直したって……?」
「俺のこと第一でずっと心配してくれてたじゃん。それだよ。自分の感情とかより優先してアレコレ考えてくれたの、割と真面目におーってなったんだよね」
俺が千秋さん相手に一歩引いてるのって、恋愛とかそっち方面での暴走が怖いからだし。
ネタにはしてるけど、やっぱり感情優先でストーカーしてくる部分はちょっとやべぇなって思うもん。
普段の言動はあっけらかんとしてるし、変なところで真面目だからそうないとは思うけど、それでもひょんなことから典型的なヤンデレやメンヘラ、監禁したり食べ物に体液混ぜてきたりする系の人種にエクストリーム進化する可能性もゼロじゃないわけで。
そうした諸々を警戒して、今までは恋愛方面では煙に巻く言動をしていたのだが、今回の件を見る限り大丈夫そうな気がしてきたんだよね。
こうある程度のラインは衝動的に越えるかもだけど、ガチな場合は千秋さんの変に真面目な部分が表に出てくるのでは、と。
少なくとも、俺に対して危害を加えてくることはない気がする。不法侵入をかましてる時点であんまり説得力はないのだが、そうした良識はちゃんと持ってそうというか。
「だからまあ、多少はね? 好意に対して、こっちから歩み寄っても良いかなぁって」
「そ、それってつまり! こ、このまま、その、こここ交際とか……!?」
「あ、それは当分なしで」
「何で!? 今の台詞アレじゃん!? もう友達以上恋人未満みたいなもんじゃん! 今日これからとは流石の私も言わないけど、当分なしって言うのは違くない!? しかもノータイムで!」
「だって今の関係性心地良いし……」
「ふぁいっ!?」
「わりと最低なこと言ってる自覚はあるけど、惚れた弱味に付け込んでこのぬるま湯みたいな関係性をもっと謳歌したい」
「本当に最低なこと言ってる!?」
「良いじゃん別に。どうせ離れる気ないんでしょ?」
「うぐっ!? そ、それはまあ、そうなんだけど……!」
「それに千秋さんだって、何だかんだ今の関係性も嫌いじゃないでしょ? てか、下手に付き合うより今ぐらいの距離感のが楽しくない?」
「っ、否定したいのに! 否定しきれない自分が嫌だ!」
やっぱりそうだって。ラブコメとかでも、ヒロインとくっ付くよりその前の段階の方が楽しそうだもん。現実もあんま変わんないじゃねぇのって。
「で、でも遥斗君! それって私どうかと思うの! 釣り上げた魚に餌をやらないのは、人としてどうかと思う!」
「勝手に釣られたの間違いでしょ? あと今ちゃんと餌やったじゃん」
「これを餌と申すか!? 飢え死に寸前で飴玉一つ渡された気分だよ! 余計にお腹減ってくるやつだから!」
「飢え死に寸前に特大ステーキあげる方がどうかしてると思う」
「そう意味じゃなーい!!」
「でも今の千秋さん、凄い楽しそうだけど?」
「……それを言うのはズルじゃん」
「惚れた弱味に付け込んでんだから、ズルいに決まってるでしょ」
全部分かって言ってんだからさ、こっちは。悔しかったら、俺を惚れさせて見返してみなよ。とりあえず待っててあげるから。
ーーー
あとがき
正直、ラブコメって付き合うまでがメインコンテンツだよねってことで、こうなりました。私の趣味です。
次が二章のエピローグかな? てことで、コメント、ハート、星などよろしくお願いいたします。
あと書籍版の予約も。もうすぐ発売だよ!
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